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評者◆秋竜山
日本人と勤勉と「修身」、の巻
No.3251 ・ 2016年04月16日




■上田紀行『人生の〈逃げ場〉――会社だけの生活に行き詰まっている人へ』(朝日新書、本体七六〇円)では、勤勉について書かれてある。日本人と勤勉である。果たして、日本人は勤勉家であるかないか、ということである。多分、大かたの人は「日本人ほど勤勉家はないだろう」なんて、いうに決まっている。つまり、日本人ほど「まじめ」な国民はないという意味でもある。日本人をみていると、働いてばかりいると思えてくる。なぜか哀しいくらい働くということが身にしみているようだ。いっそのこと働かなければいいではないか、なんてノンキなトーサンみたいなことをいっている場合ではないだろう。働くことしか頭の中にない。働かなければならないのは、生きているこの世だけかと思ったら、どうやらそーでもないようだ。天国の扉の脇に小さな文字で「天国での働き口相談受け付け」というはり紙に矢印が書かれてあり、よく見ると〈日本人向け〉なんて書かれてある。その矢印にそって歩いていくと、たくさんの人が並んで順番待ちしている。よく見ると、日本人ばかりである。天国の就職斡旋であった。あの世へいってまで働かなければならないのか。働かなければ身の置き場に困るのか。
 〈礫川全次さんという在野の歴史民俗学者が、「日本人はいつから働きすぎになったのか」(平凡社新書)という本を出しています。礫川さんはさまざまな史料にあたることで、日本人のなかに「勤勉」という概念が生まれたのは江戸時代中期以降のことであり、しかもまだその時代には、「勤勉な人」よりは「そうでない人」のほうが多かったことを明らかにしています。そして勤勉な日本人が世の中で多数派を占めるようになったのは、「修身」の教科書に勤勉家で知られる二宮尊徳(金次郎)が取り上げられ、勤勉の大切さが人々に教育され浸透していった明治30年代以降ではないかという仮説を提示しています。礫川さんの言っていることが正しければ、日本人の勤勉性は近代の産物であり、国有の民族気質ではないということになります。つまり、制度や教育が変われば、日本人の勤労観も変化する可能性は十分あるわけです。〉(本書より)
 と、いうことを知ると、「なんだ、そーだったのか」と、考えも変わってくる。日本人の顔つきは、もって生まれたものではなく教育の力、又は二宮尊徳(金次郎)によって、つくられたものなのか。あの蒔を背おって本を読みながら歩いている銅像こそが、その教育の原点にあるのだろうか。あの銅像の下に立つと、日本人、いや自分もこーでなくてはという気持になってしまうから、たいした教育である。そんな銅像も見られなくなってしまった現代である。あぶないから本を読みながら歩くな!! と、いう教育だ。スマホだってそーだと、いう。では、なにをしながら歩くのかというと、なにもしないで前方をよくみて歩け!! と、いう。歩く時は歩くことだけ考えて歩け!! だ。







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