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評者◆藤田 進
アラブ諸国はオバマ政権にも強い懸念を抱いている――アメリカはどのようにハマース政権失脚を画策してきたのか
No.2923 ・ 2009年06月27日




 08年末から年明けにかけて、ハマース殲滅を狙ったイスラエル軍ガザ侵攻(「鉛の鋳物作戦」)は、パレスチナ人死者1417人、負傷者5000人余りという大きな犠牲を生みだしただけで、主要な狙いであるハマースに打撃を与えることには完全に失敗した。
 イスラエル侵攻作戦の目的は、ハマースがガザから撃ち込むロケットがイスラエル市民の安全を脅かすのを阻止することにあったが、作戦は米・ロシア・EU連合・国連のカルテットの狙いとも合致した。「オスロ合意」に即して、イスラエル・パレスチナ平和協定に基づく「国際的に承認されるパレスチナ国家」をめざすカルテットは、イスラエル拒否を貫くガザのハマース政府の崩壊に期待を寄せたが、作戦は失敗した。そればかりか、イスラエル軍による同胞虐殺を傍観していたファタハ政府のアッバースが威信を大きく失墜させ、ハマースがこれまで以上にパレスチナ民衆の支持をえる結果となった。侵攻作戦後のイスラエル国内選挙でネタニエフ極右政権が誕生。パレスチナ側との話し合いに後ろ向きで占領地でのさらなる入植地拡大に意欲を燃やす同政権の登場は、カルテットを一段と悩ませる事態となった。
 オバマ米新大統領がイスラエルの暴走に圧力をかけることに期待が寄せられたが、オバマの歴訪を迎えたアラブ諸国では、アメリカがイスラエルを抑止することに強い疑念が生じている。それというのも、アメリカは一貫してイスラエルを強力に支援擁護し、ハマースが合法的にパレスチナ自治政府の政権につくや、イスラエルとともに不当に介入し失脚を画策したからである。
 2006年1月パレスチナ自治議会選挙でハマースは初出馬ながら過半数を獲得して政権の座についた。「パレスチナ自治政府が腐敗し住民の苦しみに終止符を打てないことへの失望から、住民は選挙でハマースに投票し合法的に支持した」(ガザ・アハリー病院スヘイラ理事長談)。欧米諸国はパレスチナ経済封鎖の圧力をかけ、イスラエルはガザへの長期封鎖と軍事攻撃の圧力によって、民衆を離反させハマース政権を失脚させようと企てた。同年10月4日、アッバース・パレスチナ大統領官邸でライス米国務長官とアッバースとの間で次のようなやりとりがあった。
 ライス「アメリカは、ハマース政権をできるだけ早く失脚させて新たな選挙の実施を期待している」「あなたがハマース政権を2週間以内に失脚させる。それでよろしいですね」。アッバース「1カ月をみてほしい」。
 アメリカとファタハのトップのアッバースとが協力してのハマース失脚の謀議が始まった。なかなか動き出さないアッバースに、米エルサレム総領事が「陰謀計画遂行チーム強化のために、アメリカの信頼するムハンマド・ダハラーンを加える」ことを指示、「あなたが計画通りに行動すれば、我々は物質的・政治的に支援する」と約束した。ライス国務長官はアラブ四カ国(エジプト、ヨルダン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦)首脳に「軍事訓練や武器購入資金供与でファタハを支援し、資金をアッバース大統領管理の口座に振り込む」よう協力を要請し、11月、米安全保障調整官のKeith Daytonとダハラーンとの会談で「新しいパレスチナ治安部隊編成」と「新設のパレスチナ国家安全保障チーフ・アドバイザーにダハラーンが就任し、アメリカは武器と軍事訓練を提供する」ことが合意された。「ブッシュ大統領特別チームはダハラーンに望み通りの金と武器を提供」し、また「07年4月米議会は5900万ドルのパレスチナ治安部隊への軍事援助費を承認」した。07年6月初頭、ガザのファタハ傘下の軍事勢力はハマース打倒軍事作戦を開始した。ところがハマースの軍事組織アル・カッサーム部隊に迎撃されて、ガザおよびラファの市内・郊外のファタハ側陣営は次々と撃破されていき、ハマース掃討軍事作戦は開始から5日足らずの6月13日夕刻、ほぼ失敗に帰して終わった。
 作戦実施に際しては、「ファタハに忠実な自治政府軍事部隊の多くの部分が戦闘に参加しない」という不測の事態が生じ、ファタハの軍部からは、ハマース打倒作戦に異を唱える次のような声が聞かれた。「私は殺戮の連鎖を止めたかった」(元治安部隊指揮官のイブラヒーム・アブー・ナッザール)。「ファタハはいろいろな勢力の寄り合い所帯であり、米資金援助を受け、イスラエルとの交渉は戦略的に正しいと考えるダハラーン派も含まれていた。……ハマースとの対決はファタハ全体の決定ではなかった。(イスラエルへのロケット攻撃を続けてきた)アル・アクサー部隊が、ハマースに銃口を向けて同胞の血に染まるなどありえないことだ」(ファタハのアル・アクサー殉教部隊指揮官ハーリド・ジャーバリー)(文中の引用は、米雑誌 VANITY FAIR2008年4月掲載のDavid Rose論文The Gaza Bombshellによる)。
 アメリカと協力してのハマース打倒謀議が失敗した6月16日、アッバースはハマースを「反逆者」と非難し、大統領権限でハニーヤ首相を解任して後任首相にファッヤードを任命した。だがハマースは「我々が戦ったのはファタハではなく、米国やイスラエルと共謀する一部クーデター勢力である」(バルフーム報道官)、「ファタハ戦闘員は独立国家を求める我々のきょうだいだ」(シャフワン治安部隊報道官)(「朝日新聞」07年6月22日)と反論し、ハニーヤ首相も、首相解任の決定が自治政府議会(ハマースが多数派)承認を経ず無効だとして現職にとどまることを表明。ここに、パレスチナ自治政府はガザ・ヨルダン西岸地区両頭政治の分裂状態となった。
 イスラエル軍事占領下のガザでは、完全封鎖による経済の逼迫と医薬品・生活物資の極度の不足、空爆によるライフ・ラインと住宅地域の破壊によってパレスチナ住民の生命・生活が日常的に危険にさらされている。イスラエルはパレスチナ住民を占領して最低限の生活条件さえも奪っておきながら、「イスラエル・パレスチナの平和」を守れと住民たちに要求する。この「平和」のロジックの虚構性を生きるパレスチナ人は、少しでも人間らしさを取り戻すには命をかけても抵抗するしかない。ハマースおよびガザ住民150万人が長期封鎖と大量殺戮・破壊に苦しみつつもイスラエル占領反対を唱え続けるとき、占領者の抹殺作戦は失敗せざるを得ないのである。
(東京外国語大学名誉教授/中東・アラブ近現代史)







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