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評者◆星落秋風五丈原
鹿を逐う者、山を見ず
中央駅
キム・ヘジン著、生田美保訳
No.3425 ・ 2019年11月30日




■ソウルでは、ボランティアガイドが名所観光案内をしてくれるサービスがある。その中に「近現代建築紀行」と銘打ったコースがあり、ソウル旧駅が含まれる。旧駅を見た日本人は東京駅によく似ていることに気づくはずだ。それもそのはず、この駅は満鉄が当時の京城を朝鮮半島の玄関口にしようと意気込んで作った。しかし戦争が終わってみれば、日本が押し付けた建物に過ぎない。昨今のソウルでは、新しく発展してゆくもののすぐ横で、古いものが悉く振り捨てられていくのは珍しくないのに、破壊されず「文化駅ソウル284」として残してくれただけ儲けものだ。
 タイトルは“中央駅”だが、「歩く歩道」があり新しい駅舎が「古い駅舎の隣に新しく建てた」「古い駅舎が博物館や展示館に生まれ変わる」などという記述を読むと、本編に登場する駅のモデルは京畿道の中央駅ではなくソウル駅と思われる。はて、ホームレスなんていたっけと思い出してみたが、旅行客が行き来する時間にそうそう主人公のような人がたむろしていては駅の景観上よろしくないので、きっと何らかの配慮がなされたのだろう。但し、本編に登場するような、足を切断した人がカートの長いものを転がしながら仁寺洞を横切っていたのは見たことがある。戦争による切断だそうだ。本当かどうかはわからない。全て現在形で書かれているので時代は特定できないが、本編に書かれていること総てが、フィクションでも過去でもない。
 何度か不法滞在者を強制排除する場面が登場し、『こびとが打ち上げた小さなボール』『野蛮なアリスさん』でも描かれたような、急速な土地開発により生活空間を奪われる庶民の姿が、本編でも描かれる。が、単純に奪う者を恨めばいいというわけではない。富者が貧者を排除するのではなく、富者が貧者を使って、同じく貧者――どこまで行っても底が見えない人――を排除する構図になっているからだ。金を得ては泥酔し、簡単に金を盗まれる主人公を情けないと一刀両断するのは簡単だが、だからといって、主人公がいざその気になったとしても、簡単に蜘蛛の糸が垂らされてくるような世の中ではない。失望の記憶が諦念に変わり、やる気を削いでいくまでの時間は、そう長くはかからない。そんな主人公たち打ち捨てられる者の心には、空港への直通列車が走る新駅やモニュメントと化した旧駅ではなく、「がっちりと抱え込む」闇しか見えなくなる。
 ラストのこれから起こる事件のモデルは、二〇〇九年の龍山事件ではないか。だとすれば、主人公はもう一つ、今までにない闇を抱え込む。「過去や未来なんてない」ものと考え「今目の前に見えるものだけを見る」のは一見潔いように見えるが、彼の目の前にあるものが何だか分かればそうも言えなくなる。棄ててしまった過去や未来のなかに、もしかしたら光があった/あるかもしれないのに。







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