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評者◆睡蓮みどり
「女優」であるとは、どういうことか――ジャファル・パナヒ監督『ある女優の不在』
No.3426 ・ 2019年12月07日




■東京国際映画祭から、ポーランド映画祭も終わり、久しぶりの出演作『東京の恋人』(下社敦郎監督)がMOOSIC LAB 2019という若手監督を中心とした映画祭で公開され、東京フィルメックスも始まり、と10月末からずっと映画祭続きなのだが、フィルメックスではロウ・イエ監督の『シャドウプレイ』(2020年2月よりアップリンク他公開予定)がオープニング作品となった。
 中国・広州。都市再開発計画に反対する市民運動が激化する中、建設委員会委員長の男が謎の転落死を遂げる。若い刑事のタン(ジン・ボーラン)はその事件の担当となり、謎を解こうとするが、逆に自身がその過程でスキャンダルに巻き込まれ、追われる身となる。不動産で儲け、セレブとなったその家族たちと愛人や周囲の人々を取り巻く環境は空虚なまでに煌びやかだ。一方、貧しい地区から匂い立ち込める暗闇の煙が、複雑な時空間の狭間へと観ているものを誘導する。本作は実際に起きた汚職事件を元にして作られているという。
 痛々しくも優美さのある暴力や愛憎の描き方はさすがのロウ・イエだ。タンに想いを寄せるヒロイン、ヌオ(マー・スーチェン)があるシーンでつけているピンク色のウィッグは、『ロスト・イン・トランスレーション』(ソフィア・コッポラ監督、2004年)の中でスカーレット・ヨハンソン演じるヒロインが身につけているそれとは異なる。それまでの自分とはちがう自分になって、開放感のあるカラオケで仲間たちと歌いはしゃぎ、東京という街で自身を取り戻していく姿の象徴とするならば、ヌオが身に付けるのは自分自身を隠すための隠れ蓑のようなものかもしれない。その鬱屈とした翳りから、それでも隠しきれない人間の脆さが溢れ出てくる。
 この映画を作るにあたり、1978年から約10年間続いた改革開放時代の写真を集め、物語を紡ぐ手がかりにしたという。劇中でもその時代の写真が印象的に使われている。とりわけ、監督のメッセージが印象的だ。「これらの記憶が無ければ私たちは過去も歴史もない正体不明の大衆になっていたからです」。
 今回のフィルメックスには女優のベナーズ・ジャファリさんも来日した。彼女が主演のジャファル・パナヒ監督の最新作『ある女優の不在』には、女優志望の女の子マルズィエ、そして国民的女優のジャファリ、イスラム革命によって活動を禁止された伝説の女優シャールザードと、3人の世代の異なる女優が登場する。村に住む少女マルズィエは女優を夢見て芸術学校にも合格したが、若くして結婚させられ、家族ぐるみ、いや、村ぐるみで芸人になることを反対される。落胆した彼女は自殺をほのめかす画像をパナヒ監督に送りつけ、連絡は途絶える。そしてパナヒとジャファリはその真相を確かめるべく山奥の村へと向かう。作中において、もちろん監督はパナヒの役ではなくジャファル・パナヒ自身として、女優のジャファリもベナーズ・ジャファリ自身としてそこに登場する。
 イランにおいて女優であることの意味合いは日本とは随分異なる。村にやってきた人気女優のジャファリが村人たちに囲まれサインをする姿は、そう特別なことではないかもしれないが、一方で、自分たちの村からそのような芸人が出ることを恥と思う古めかしい習慣がこびりついている。だからこそ、活動を禁止され、今では、この村に住む女優シャールザードが息をひそめるように孤独に暮らしているのだろう。彼女の朗読する詩から血の混じったような言葉が伝わってくるが、シャールザード自身の姿は画面では確認できない。
 最初はマルズィエの狂言に付き合わされたと激怒するジャファリだったが、3人の世代の違う女優たちが出会い、その心は徐々に変わっていく。それぞれの孤独な闘いはバラバラのものではなく、通じ合っていることに気づいたのだろうか。パナヒ監督は基本的に車の中にいて(これは『人生タクシー』でも共通のことだが)、そこから周りの人々を見、声を聞いている。存在を炙り出していると言ってもいいかもしれない。彼女たちが名前を持った一人の女性として生きていく決意の表れを感じる。
 ロウ・イエ監督、ジャファル・パナヒ監督、ともに長い間映画製作を政府により禁じられてきた。映画監督に映画を作るな、というのは死刑宣告のようなものだ。パナヒ監督にいたってはそれが20年にも及ぶ。そんな逆境の中でも作るわけだが、文字通り命がけなのだろう。ユーモアもありながら、切実さが画面から確かに滲み出る。
 森達也監督のドキュメンタリー『i―新聞記者ドキュメント―』を観た。「闘う記者」望月衣塑子さんをカメラは追う。プロデューサーは話題になった劇場版『新聞記者』と同じ河村光庸氏が務める。私は森達也監督の作品が基本的に好きだ、ということを明言した上で、今回の映画は作家が被写体を本当に魅力的に思っているのだろうか、という疑問が浮かんだ。それはもしかすると、森さんにとって望月さんが既に近い考えを持っていて、仲間であると感じているからかもしれない。近しいからこそ、被写体をもっと知りたい、暴きたい、という探究心そのものはカメラを通す必要がなかったのかもしれない。もう少し映画そのものを信じて委ねている森さんをみたかった、という欲が少し湧いた。ん、映画じゃなくて森さんを見たかったのか? いや、私は映画を見たい、はず。とにかく映画には恐ろしいほど何でも映る。
(女優・文筆家)







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