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評者◆凪一木
その34 心配事
No.3435 ・ 2020年02月15日




■小骨が喉に引っ掛かった感覚のまま受験勉強をしている。
 これを書くのが、なんとなくは憚かられるのは、不敗神話とか、ジンクスや願掛け、験担ぎの効用が、「全く存在しない」とは思えないからである。妙な囁きや一筆が引き金となって、本来起きないことまでが転がり始めるかも知れないからだ。
 過去に交通事故、大失敗、取り返しのつかないミスは、幾度となくしでかしてきたから、その付けが、こんな時に起きたのかもしれぬとすら思っている。「外部のせいにするな」と言われようとも、過去の復讐を恐怖している。
 実はミスをした。それも願書での記入ミスだ。「建築物環境衛生管理技術者」(通称ビル管)試験だ。
 送付は全部で三枚ある。受験願書と、受験手数料の払込み及び受験写真を貼付したもの。そして実務従事証明書である。
 この実務従事証明書とは、要は、延べ面積三〇〇〇平方メートル以上の建物に二年以上従事したかどうかの証明である。そこには、「建築物の用途に該当する面積」という記入欄がある。記入例として三一〇〇平方メートルとある。この三一〇〇という数字に惑わされた。私の勤務するビルは、三万五〇一二・六八平方メートル(*仮の数字)である。これは後で分かったことだが、ビルの延べ面積など、ネットなどで確かめると簡単に出てくる。「三五〇一二」という小数点以下を切り捨てた数字が現れる。
 実は、受験での記入の仕方には、こうある。
 〈下記の用途部分の延べ面積の合計(小数点以下切り捨て)を記入してください。〉
 多くのというか、私以外の全受験者がそうかもしれぬが、この文言を見て、記入するのは、明らかに「三五〇一二」という数字であろう。だが私は、例として書かれている「三一〇〇」がおそらく、「三一**」とかいった数字を一〇〇の位以下を切り捨てているのではないかと勝手に想像した。それで、送付した証明書には、「三五〇〇〇」と記入した。
 記入の仕方が「間違っている」と指摘されると、それはそうである。私が試験官なら、そのぐらいのことは、(試験後でも)訂正で済む話だと、問題にしない。だが、ビル管理を少々やっていると、異常な体験の記憶が蘇ってくる。ミスをあげつらって、不合格にする人たちだ。その手の小さな誤謬を見つけ、鬼の首でも取ったがごとくに大喜びでもって、義理も人情もなく、不合格にするタイプの人間を、予想を遥かに越えて、たくさんたくさん見てきたからだ。
 ビル管の試験側の人間が、ビル管で働く人間たちと違うとは思うのだが、ビル管を相手に日常生活していると、そういう常識側の人間に対しても、今や、まともに良心的に対処してくれるかもしれないと考える気になどは、とてもなれない。だから、本来なら、ちょっと電話して、あとで訂正するくらいの交渉をすれば良かったのだが、逆に問い質すことで、刺激をしてしまい、やぶ蛇をつついて、寝た子を起こし、墓穴を掘りたくない、という気持ちが働いたのだ。
 気にするほどのことでもなかった軽微なミスが、妙に実感を伴って、人には言えない隠し事のような悩みとして重くのしかかり、つまりは勉強に身が入らないというわけである。
 試験問題の点数的には合格しても、「失格扱いの不合格」なんてことにはならないだろうか。そんな可能性をあれこれ考え出すと、夜も寝られなくなる。
 人間には、トータルで幸せな人生と不幸せな人生とがあるように思える。平等ではない。二歳で虐待死した子供の二年間、それは果たして人生と呼べるものなのか。一分一秒が決め手なのか。勝負なのか。多寡が試験で、人生が左右されるような不安が後ろから襲ってくる。
 ネットを見ると、ミスした人間に対して、「煽る文章」の書き込みを多数見つける。おそらく性質の悪いビル管が書いているのではないかと思っている。曰く、以下の通り。
 〈ミスもまた「現時点に於ける貴殿の実力」だ。また来年の出直しを。「細かい部分に対する配慮」この欠如こそがビル管として致命的。書類を点検しなかったあなたが一番拙い。気付いて事業所に確認するならなぜその時に試験センターに確認しなかったのか?それをしていれば憂いはなかったでしょう。自己責任という言葉を忘れていませんか?〉
 だが、そうもいかない事情もあるのは、既に書いたとおりだ。
 寝た子を起こしたくない。それに加えて、会社には、試験を妬む異常人格者としか言えない同僚(いつからか上司になってしまった)Sがいる。
 なにしろ、電気工事士の資格を持っていない。いや、何といっても、登竜門中の登竜門資格である「危険物乙四類」を持っていないのだ。もちろん冷凍も持っていない。持っているのは「ボイラー」資格だけである(これものちウソがばれる)。
 なぜそんな人間が、副所長(我が社の現場責任者)になっているのか。資格がないだけではなく、実力もなければ人望もない。そこが怖いところなのである。
 学歴コンプレックスと資格コンプレックスを抱えて、最後の砦として「肩書き」に向かって走った。その異常なる執念は、見ていて痛々しくなるほどに、上司に取り入り、見苦しさマックスで、同僚たちを罠に嵌めていった。したがって、ビル管試験者に対する妨害もまた、大いに考えられるわけで、悩みの種は、記入ミスに輪を掛けて、その男、最古透の、直前での嫌がらせや不意打ちも十分に考慮して勉強しなければならないことである。
 心配事というのは、ある種の余計な準備でもあり、その分だけ他のことが疎かになり、というより気付きもしなくなる。心配すらしていなかったことが、突然、降ってわいたように、心配も何もしていなかったがゆえに、いきなり立ち現れ、或いは狂暴に襲いかかってくる。
 本来なら、「良い勉強法」や、必勝法に進路を取る。前日は早く寝る。会場には一時間前に着く。トイレ対策として水は適度に取る。自らの最初の回答を尊重する。昼食は軽めに済ませる。私の場合は、胃がないのでダンピング症状対策も必要だ。糖分を欠かさない上、取り過ぎない。だが、心配事はこれらの進路取りをさせてくれない。
 合格体験記がどれも面白いのは、「途中の挫折」が最後には必ず笑いとなるからだ。何と言っても合格している。だが、私の今書いている内容は、最後には涙となる場合も含めて書いている「合格するつもりの体験記」だ。ヤバくてしょうがない。叫びたくなる。
 助けてくれ!(建築物管理)







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