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評者◆池田光穂
東南アジア地域研究の泰斗による「人を食った歴史学」――喰人に興味のある読者には是非とも一読をすすめたい好著
人喰いの社会史――カンニバリズムの語りと異文化共存
弘末雅士
No.3196 ・ 2015年02月28日




■文化史上の奇習あるいは、その実在について真贋論争が終わらない喰人(カンニバリズム)に興味のある読者には是非とも一読をすすめたい好著である。日本は世界の先進国のなかでも質の高い歴史書の出版点数が多く、また宗教的イデオロギーに毒されたジャンク本が少ないことは、自国文化として誇ってもいいと評者は思う。他方そのぶん、この国では粗雑な唯物論や実証主義――それらを〈悪しき歴史フェチ・イデオロギー〉の源泉と私は呼びたい――の影響のもとでの「篤実」な蓄積がありすぎて、大胆な思想史的冒険がない。それゆえ歴史学の良書と呼ばれてきたものは、泰西のものにくらべると明らかに「退屈」なものが多い。その点で本書は、そのような潮流から外れた好著だと言える。著者・弘末雅士(一九五二~)が言うように、喰人は専門家・市井人を問わず「つねに」好奇の眼に晒されてきた。
 文化人類学者ウィリアム・アレンズは、喰人は機会的なものとしてもまた慣習的行為としても、それらのレパートリーとしては特異的なものであり、「未開人や野蛮人」は我々の想定以上にそれほど「人を喰っていない」ということを大胆に提唱した。しかしながら今日では、アレンズのテーゼは実証派の学者達からは暗黙のうちに否定されており、その信奉者は少数派に属する。
 ただしこれはアレンズ・テーゼが本質的に持つ瑕疵や限界ではなく、どんな(想像を絶する残忍な)文化的奇習でも、歴史的現象として例外なく存在しなかったと主張することが論理上の構成としてかなり無茶な立論であったためである。そして、またこれは反証可能性すなわち〈無謬論は科学的真理を担保できない〉というK・ポパーの巧妙な修辞の皮肉な帰結であった。したがって、私が考えるアレンズ・テーゼの重要性は「野蛮人は人を喰う」のではなく「『人を喰う隣人』を(我々は)野蛮人であるとステレオタイプしてきた」ということにある。歴史資料はアレンズの所論では事実よりもコロニアル言説の批判の素材として利用されている。アレンズは、このような(我々の)無反省な〈他者表象化の原理〉をみごとな形で彫琢したのである。
 本書は、アレンズの良心的な学問的反省を、弘末の専門領域であるエスノヒストリーあるいは東南アジア地域史――彼の場合はインドネシア・スマトラ島のトバ・バタック文化――の歴史叙述のなかに検証したことにある。私がこれを好著と判断する理由である。
 著作は六章構成であり、最初の二章が、喰人=カンニバルの語源となった西インド諸島の野蛮人(カリブ海の名称は喰人族カリブから由来するのだ!)の経緯、そして先に述べたアレンズの所論、そして、歴史的喰人記述のメッカであった現在のブラジルのトゥピ系の人々の「奇習」の謂れなどが詳述されている。三章から五章までは、インドネシア島嶼部北スマトラの食人――著者は喰人と書かずこの文字を充てる――風聞や「慣行」についての三つの独立した諸論文からなっている。ここは本書のメインディッシュの部分である。最終の六章では、喰人慣行の中身の分析よりも、トバ・バタック人=喰人者という言説についての、外部者と当事者による歴史的表象の変遷に関する叙述に力点がおかれる。最後には短い「あとがき」がある。フルコースの食事としては、この部分は冒頭の一章のなかに組み込まれるか「はしがき」と書かれる部分に移されるべきだったかもしれない。なぜなら東南アジア史学の碩学が、どうして今、そしてなぜ人喰い(食人)を取り上げるのかということについて正直にその心情を語っているからである。
 「あとがき」は「はしがき」にむしろ書かれるべきだ――と評者は思う――という本書の〈書記法に関するクロノロジー批判〉をおこなったついでに、本書の叙述の順番についても注文をつけておこう。冒頭においてカンニバリズムについてのアレンズの所論を紹介しておきながら、著者は喰人が慣習的におこなわれたのか、それとも言説にすぎないのかということについての統一した見解を曖昧にしたまま、終章まで引き延ばしている。しかし終章でも、バタックのカンニバリズム現象についての歴史的挿話と、当事者であるバタックの人たちがそれに呼応して言わば「演出された本物性」(E・ゴフマン)を当事者が演出・演技していたのだという事実のみが語られる。だとすれば冒頭の問題提起は、再度終章において連関する形で吟味・結論されるべきであったのではないか。
 アレンズの著作が岩波書店から折島正司によって翻訳出版されて、今年は三三年目にあたる。その解説のなかでアレンズ・テーゼには必ずしも組しなかった山口昌男(一九三一~二〇一三)がアフリカ研究の盟友であるアレンズの著作を、友愛をもってたしなめつつ、その全体像を「人を食った人類学」と評した。その意味で、私が奉ずる人類学の盟友たる歴史学のこの地域研究の泰斗による本書を一言で評するとすると、それは「人を食った歴史学」となるだろう。言説の歴史分析たる本書、弘末の著作は「人を食っていない」トバ・バタックの歴史記述との相補関係において、今後より明晰なものになるだろう。
(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授)







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