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評者◆凪一木
その48 団体交渉をした。
No.3449 ・ 2020年05月30日




■そもそもは、迷惑行為を繰り返す職場の人物「最古透」=Sを何とか出来ないものかという相談で、ユニオンを訪れた。Sは特殊な人物であるが、パワハラの一環に相当する。パワハラは、この業界が持つ病であり、構造が生む悪だと考え、その責任を追及したかった。それゆえというか、労働運動にありがちな、徹底的な労使の対立構造などに私は余り興味がない。私が望むのは、働きやすい職場であり、良好な人間関係である。
 或る時、ユニオンから、機関紙に文章を求められた。それで、ビル管理という業界独特の、「おかしな」人間を、さまざま目撃してきたことから書いた。
 その「おかしな」人たちについて記すと、掲載前に、ユニオンから大反発を食らった。
 「これでは、いつも目にしている5ちゃんねるの罵詈雑言と同じではないか」「労働について胸を張った記事を書こうよ」「やっぱりそういう業界なのかと笑われるだけだ」などなど。
 だが、そんな実態を知っていて、5ちゃんねるをいつも読んでいるのは、この業界の中にいるからであって、その他の人間は、業界の存在すら知らないのだ。内側にいる人間が既に見知っていることによってでは、問題は始まってもいない。まずは、知られるべきなのだ。自らの恥ずかしさを知り、確認するべきなのだ。ビル管は、ネット最大の炎上職場であり、地下で働いて、リアルでない場所でのスター業界。それでいいのか。岡林信康の『私たちの望むものは』の歌詞にこうある。
 〈今ある不幸せに留まってはならない。まだ見ぬ幸せに今、飛び立つのだ〉
 なぜ隠したがるのか。そして、Sは、T工業自体の出鱈目さと基準の曖昧さの上に成立し、存在が可能となっている。したがって、まずは、T工業の不正や不透明の改善から始めなければならないと考えた。休日出勤分を払わない。通勤以外に掛かった交通費を払わない。給与明細に有休残日数の欄が未記入のままである。就業規則について、いくら頼んでも見せることさえしない。こうした当たり前のことをやってくれという要求から始めた。
 だが唯一の窓口である担当上司であり取締役のKは、メールしても手紙を出しても、現場に来ない人物だ。たとえば、当日勤務の人間から病欠の電話が入る。Kに対して「人員の応援をお願いします」というメールを流す。だが返答なく、電話をしても出ない。
 結局、前日勤務員が残る。夜は、休日の同僚に連絡して泊まりに来てもらう。その対処報告をすると、そこでは即、待ってましたとばかりにメールが来る。
 「よろしくお願いします」。Kの海千山千ぶりは、手強く危険だ。
 これを書いている今になって分かったことだが、三年前の賞与も未払いだった。それは既に何度も言っては、はぐらかされ、翌年の賞与を示してきて、Kは「払った」と、ユニオンに連絡してきた。詐欺師かよ。
 ただ、これまで「安かろう、悪かろう」ではないが、この程度の社員には、この程度の対処法で良いだろうというKおよび会社の、高をくくった「人格の値踏み」があったろうことは窺える。Kに対して、同僚が何度も休日出勤未払いを訴えていた。
 「そんな話は聞いてないなあ」
 別の同僚とKが退職の話をしている最中に、他の現場から何度も電話が鳴る。同僚が尋ねる。「出なくて良いんですか?」「どうせ出たって面倒くさい現場なんだよ」。
 この現場を動きたくないと言っていた同僚がKに連れられ、他現場の下見に行く。急に異動が決まった。「二万五〇〇〇円アップと言われた」「大丈夫なの?」「まさかウソはつかないでしょう」。
 荷物をまとめて、異動した初日に現れたKは、彼にこう言った。「二万円で良いか。そんなに払えないんだ」。しぶしぶ了承した。そして振り込まれた金額は、何と一万五〇〇〇円だけのアップだった。時そば外人か落語じゃあるまいし、マジックかよ。
 五年以上勤めて辞めた同僚には、退職金を払わない。「請求した方が良い」と助言した。二万円振り込まれたという。既定の金額と違う。規則などあってなきがごとしだ。信用ならない。
 私はまず、根本の就業規則の開示から求めた。Kに手紙を書くと、別件で偶然現場に来た。
 凪「Kさん、手紙は読まれましたか」、「ああ、確かに受け取った。だけど忙しくてまだ読んでいないんだ」。やっと一カ月後に話す機会を得て、録音する。
 K「ええと、就業規則ということなんですが、それは、あれって、個人に、一応、会社は出してないですね。現場に備え付けて、皆が見れるようにしてあるということになっていますが、見てないですか?」
 凪「どこにあるんですか。見たことないです。誰も皆知らないです」
 K「誰も知らないの? じゃあ、これ、あとで送っときます。これは、別に出しちゃあいけないとか、そういうものじゃあないです。出します。副所長(沖縄空手)に前、言われて送ったことはあるんですが」
 凪「ええ。前に歯抜けなものを送られてきたと言ってました」
 K「ああ、そうそう。完全に細かくは書いていないんですよ」
 凪「彼は、個人的にもらったと言ってました」
 K「いや、個人的には出さないです」
 凪「出したのはいつですか」
 K「それはもう忘れました。前だと思います。でも一応、提出するのは構いません。じゃあ、これ、現場に送ります」
 凪「いつですか」
 K「すぐ送れますよ。ただ、私は今日とか戻れないから」
 凪「二~三日中にということですか」
 T「はい」
 そうして三カ月以上経ってから団体交渉の席に着くまで、送ってくることはなかった。
 就業規則は第一段階以前の話である。団体交渉の結果、成果としては、就業規則を貰い、休日出勤手当が一年以上ぶりに振り込まれた。だがこれらは、それほどに驚くべきことではない。むしろ会社が行う当然のことであり、「遅すぎた」ことに驚くべきである。そして、団体交渉という方法を取らなければ、おそらくはこれまで通り無視され、ノラリクラリと誤魔化されていただろうと思われる。有休残日数は、依然として給与明細に反映されていない。
 ここで闘いは複雑化する。同僚たちが、会社側につくかこちらの味方となるかが一つ。ユニオンとの目的の少しのズレ。そして敵の窓口であるKが、本当にS撃退へ繋がる道なのかである。まだ道は遠く長い。(建築物管理)







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