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評者◆殿島三紀
思春期とは熱病のようなもの?――監督ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ『その手に触れるまで』
No.3450 ・ 2020年06月06日




■ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督の最新作。新作を発表する度になんらかの賞を獲得する二人だが、本作でもカンヌ国際映画祭・監督賞を受賞。この受賞によりカンヌ国際映画祭で審査員賞以外のすべての主要賞を受賞するという快挙をなしとげた。
 『息子のまなざし』(02)のプロモーションで、日本を訪れた二人の共同記者会見に出席したことがある。その時は穏やかなおじさんたちだなぁという印象。作品もまた哀しみを湛えた穏やかさに溢れていた。だが、それは同時に鋭い社会批判を含み、これまでもどれだけヨーロッパやベルギーが抱える意外な素顔を教えてくれたことだろう。
 今回はベルギーに暮らす13歳のムスリムの少年が主人公である。どこにでもいるゲーム好きな男の子が、近所に暮らすイスラム教の指導者に感化されて過激な思想にこりかたまってしまう。学校の女性教師をイスラムの敵と思い込み、彼女を抹殺しようと考え始めるのだ。思春期の少年の純粋ゆえに極端な思い込み。
 「なんで、そこまで?」と思春期をとうに過ぎ、イスラム原理主義への恐怖もぬぐい切れていない観客はハラハラしながらも少年に見入ってしまう。思春期のひたむき過ぎる想い、主人公の一途に思いつめた行動をはらはらしながら見守るしかない少年の周囲の人間、そして、観客。
 監督たちも脚本を書き始めた段階では、これほど測り知れず、大人には理解できない主人公が生まれてくるとは思いもしなかったという。まさにアンファン・テリブル(恐るべき子ども)である。愛らしい顔をしながら、身体だけが大人になりかかった危うげな年頃――。
 13歳のアメッドは食料品店の2階にある小さなモスクに通うようになった。いまやイスラムの戒律を厳重に守り、モスクの導師になんでも相談する小さな求道者。ベルギーでは放課後にアカデミー・クラスという学習の場が提供され、アメッドも通っているが、クラス終了時には先生とさよならの握手をするのが習わし。だが、彼は「大人のムスリムは女性に触れない」と言い放ち、昂然と教室を出ていく。モスク導師の「その教師は背教者だ。背教者に対してはどうする?」との問いに「排除する!」と答え、ナイフで女性教師を襲う……。
 ベルギーは首都ブリュッセルを起点に多くの国際鉄道が通り、人々が行きかうヨーロッパの十字路ともいえる国。そんな土地柄ゆえ、多くのイスラム教徒が居住し、2015年のパリ同時多発テロの実行犯グループが潜んでいたことが報道されて以来、「テロの温床」と呼ばれるようになったモレンベール地区もブリュッセルからほど近いところにある。約10万人の人口の内、イスラム教徒が5割から8割を占めるところもあるという地区だ。とはいえ、宗教への差別はなく、教育の機会も均等に与えられている。女性教師を襲撃した少年は少年院に収容されるが、農家で農作業を行うという更生プログラムを受ける。農場主は親切で、その娘は農作業の手順を丁寧に教えるだけではなく、キスの仕方まで指導してくれる。大人のムスリムは女性に触れないのではなかった? いや、もちろんアメッドは娘にイスラムへの改宗を迫るではあるが。
 この更生プログラムといい、市民の協力といい、教育環境といい、ベルギーとはなんと鷹揚な国であることか。少年の家庭環境も単身家庭とはいえ、母にも兄にも愛されている。それなのに……。これが思春期というものか。
 これまでにも不法移民の偽装結婚による国籍取得を描いた『ロルナの祈り』(08)や父親から育児放棄された少年が主人公の『少年と自転車』(12)など、ヨーロッパの抱える闇の部分や思春期の少年たちを描いてきた兄弟監督。今回は宗教と思春期がダブルで来ると一筋縄ではいかないことを教えてくれた。
(フリーライター)







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