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評者◆秋竜山
なつかしい水平線、の巻
No.3450 ・ 2020年06月06日




■田舎へ帰った時、何十年も行っていなかった小山の傾斜にある段々畑へ行ってみた。畑は放ったらかしになっているため、昔の作物をつくっていた畑とは思えぬ竹林になっていた。涙がでた。なつかしさのあまりだ。水平線だけが昔のままに一本線を引いたように横にのびていた。この場所から眺める水平線もやはりなつかしい。海を見ると誰もが必ず口ずさむのは、あの歌である。〽海は広いな大きいな……。どうしてなんだろう。この歌がでる。山だと、「ヤッホー」ということになるだろう。そして、水平線である。水平線も海である。陸のどの高さの位置に立つかで水平線の高さというか一本線を引く位置が決まる。海の絵を描く時によくわかる。画面の上のほうか下のほうかで自分が描いている場所がわかるだろう。その時、私は水平線がなつかしく思えたのである。それには理由があった。ある遠い記憶がよみがえったからであった。
 小学生になるまえであった。お婆さんにつれていかれたのであった。その時のうちのお婆さんと、お隣りのお婆さんとの二人の会話であった。二人とも水平線を眺めていた。そして、「あの海の向こうはいったいどーなっているんだろうなァ」「そーだなァ、わかんねえよなァ」「見えないものなァ」「きっと、大きな滝のように海の水が落ちているんじゃねえだろうか」。二人とも明治生まれである。このような話はよくある。笑い話として、めずらしいことではない。しかし、よく考えてみると、二人のお婆さんの会話も笑い話ではすまされない真実のようなものがあるだろう。もし滝となっているとしたら、水平線の先へ行った船は滝つぼに落下してしまうことになるのである。
 小山慶太『〈どんでん返し〉の科学史――蘇る錬金術、天動説、自然発生説』(中公新書、本体八二〇円)では、
 〈古代ギリシャの時代から中世を経て近代に入るまで、天動説(地球中心説)が連綿と受け継がれてきたのは、地球が動いているはずはないという固定概念に縛られていたからにほかならない。ところが、地動説(太陽中心説)が唱えられても、地球が占めていた位置に太陽が入れ替わっただけで、宇宙には不動の中心があるという強い思い込みは疑われることなく、そのまま温存されたのである。そう考えると、コペルニクス説とアリストテレス説は“同床異夢”と表現できる。〉(本書より)
 あの時、うちのお婆ちゃんと、お隣りのお婆さんが話していたことは、お互いに冗談をいいあっていたのではなく、本当に水平線の向こうは滝つぼになっているのだろうかと真剣に話していたのであろう。つまりは、当時としては、教育というものも受けておらず、新聞すら読めないという時代であったからだ。もちろん高等な教育とか学問とかに縁のあった人たちもいたはずであるが、そーでない人たちもいたということである。私は、海の向こうはどのようになっているのかという会話をしていた二人の中で幼児の頃、いつも一緒にいたし、いうなれば育てられたようなものである。考えてみれば、なんとも素晴らしい環境の中にいたように思えてならないのである。水平線の向こうはどうなっているのだろうかと、ギモンを持って年老いていく人生も、まんざらでもあるまい。そして、同じ場所に立ち、「水平線の向こうは、どうやら滝になっているらしい」と、語りあえたとしたら、もちろん、そういう時代であったということが条件でもあるわけである。







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