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評者◆凪一木
その51  合格か、不合格か。
No.3452 ・ 2020年06月20日




■なぜビル管を取るのか。通称「ビル管」と呼ばれる「建築物環境衛生管理技術者」は、建築物の環境衛生の維持管理に関する監督等を行う国家資格で、特定建築物の所有者等は、特定建築物内の環境に関する「管理基準」に従って維持管理するために「ビル管」を選任して、その監督をさせる義務がある。延べ面積でいうと、一〇階建て以上の多くのビルは、それに該当する。しかし実際にビル管が常駐しているわけではない。
 オリンピック景気も含めて、都市再開発等によりビルが再建築、大規模化しており、有望な資格であることに間違いはない。資格保有者はビル管法に基づく登録事業者の人的要件となる。つまり特定建築物に選任が必要なほか、ビルメン事業会社にビル管理技術者は必須のため、就職の武器であり、解雇阻止にもなりうる。
 さて、そうは言うものの、結局は難しかった。
 言い難い話だが、合否の話である。
 人生何が起こるか分からない。
 阪本順治という監督の『孤立、無援』(ぴあ)を読むと、映画監督は常に危険にさらされている、という話が大きな背景として存在し、また出てくる。いつ御蔵入りになり、いつ裏切られ、いつ御破産になるかわからないという経験をしているからこそ、逆に「何が起きてもおかしくはない」という応用力も持っている。
 二〇二〇年正月に「好事魔多し」。資金繰りで、いきなり「ドタキャン」「うっちゃり」「蹴手繰り」を食らった、と映画監督細野辰興は、ブログやツイッター、フェイスブック、小説に書きまくっている。やはり、そういうことがあるのだろう。
 この連載の前にも「あの野郎、ぶっ殺してやる」と思った人物が私にはいた。
 連載中、よほどに詳しく書こうと思っていたのを、寸止めで我慢していた。しばらくすると、どうも様子が違う。そこまでひどい人物ではなかったのである。
 書かなくて良かった、という場合がかなりある。そういう逆転現象は以前から何度も経験してきたので、驚くこともないのだが、さすがに今回は驚いた。



 かつて親しく付き合っていた、或る映画監督(仮に活劇将)から、怒りと安堵の手紙が届く。
 活劇将は、別のある監督(仮に闘将)の作品について、擁護の文章を書いていた。
 多くの批評家やファンによって、その作品は「最低だ」「愚作だ」と貶されていた。その最中に、活劇将の援護射撃の文章は、一人孤立する闘将さんを救ったともいえる、妙な光を放っていた。
 私もそのことを賞賛し、後追い的に闘将さんの擁護をした。ところが実は、活劇将さんからの手紙には驚くべきことが書かれてあったのだ。
 活劇将さんもまた「最低」「愚作」祭りに快哉を叫びたいほど、実は喜んでいた。なんとその作品は、初めは活劇将さんが撮る予定であり、知らぬ間に闘将さんに変更となっていたのである。もっと言うと、それは闘将さんの画策によるものだった、とは活劇将さんの手紙にある。
 活劇将さんは、監督の準備もしていた。いつの間にか闘将さんに変わったとき、残念であったが、「良くあること」だ(何が起こるか分からない世界)とも思っていた。そして、映画完成後の打ち上げパーティーに呼ばれる。しかし、まだこの時の活劇将さんは、裏の事情を知らなかった。
 活劇将さんが花束を持って現れる。と、その時、闘将さんは身構えたのだ。
 来ると思っていなかった本来の監督であった「招かれざる客」の登場に対し、既成事実としての闘将監督は、驚くこと以上に、真っ青に顔色を変えた。
 殴られるとでも思ったのだろう。実際には、事の本質を知らぬ活劇将さんは、何も知らぬピエロの状態で、恥ずかしくもマジに「おめでとう」と、苦渋の、そして気持ちのいい花束を渡していたのである。
 だが、のちにスタッフから事の成り行きを聞かされる。怒髪天を衝く。と同時に、パーティーでの自分の間抜けな行動も含めて、「やられた」とも思った。
 だが、なぜか怒りを矛に収めた。そこは活劇将という人間自体のこれまでの生きざまが現れたのだとしか言いようがない。
 そうしたら、闘将への「最低祭り」が始まった。
 活劇将は、その様子を見て、「バチは当たるものなのだなあ」と妙な感慨を抱いた。だが、自分も参加する気には到底慣れない。そして逆に擁護の文章となった。本来の意に反した文章とも言える。闘将は、複雑な気持であったろうが、しかし、活劇将の素直で潔い侠気に「参った」だろう。
 その後に闘将は急死するのである。
 〈しばらく声を上げて滂沱しました。〉と記されている。〈「バチが当たればいい」と一瞬でも思った自分がたまらなく嫌になりました。〉と続く。
 そして活劇将は、連載コラムで糾弾しようとしていたのが擁護になったのは、神の差配と確信した。この監督のことを私は初めから好きで、この手紙をもらって以来、さらに好きになったのはもちろん、私もまた少しでも、こういった愚を犯すまいと、どんな人物に対しても心してかかることにした。
 何が起こるか分からない、というのは、少なからず、私も映画の批評だけでなく製作、監督にも関わってきたからである。
 そして、試験が終わった。落ちた。
 そう思っていた。「とことん勉強すると景色が変わる。勉強が中途半端な時期とは全く別の違う景色が見えてくる」。
 そう言われた。
 だけど、結局、その景色を見ることなく、合格してしまったのだ。
 読む者の期待には全く答えていないようで申し訳ないが、合格してしまった。
 実際問題として、このことはやはり、精神的にも強靭な人間を作っていくうえでは、プラスな出来事ではない。嬉しいことに変わりはないけれども、或る種のマイナスであるという見解は、決して照れ隠しで言っているわけではない。
 本来は、合格するだけの実力(や経験)にまで到達していない人間が、合格してしまうのは、「本音を言わなくて良かった」という、死後の後味の悪さに似ている。
 何が起こるか分からない、というのは、合格後にも、逆に「これからこそ起きる」と考えさせ、またそれは起きるのである。空前のオリンピック景気で売り手市場だったビル管の就職状況が、いきなり最悪の事態へと変わる。
 コロナウイルスショックであった。
(建築物管理)







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