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評者◆殿島三紀
ブラジルはサンバだけじゃない――監督 アナ・ルイーザ・アゼヴェード『ぶあいそうな手紙』
No.3456 ・ 2020年07月18日




■『お名前はアドルフ?』『バルーン 奇跡の脱出飛行』などを観た。
 『お名前はアドルフ?』。ゼーンケ・ヴォルトマン監督作品。2010年にパリで初演され、大評判になった劇を映画化したもの。まもなく子どもの生まれる若い父親が姉夫婦宅での食事会で「子どもの名前はアドルフ」と宣言したから、さあ大変。「あのヒトラーの名前を子どもにつけていいの?」の問いに、考えうるあらゆる答えをエスプリの効いたセリフにちりばめたドイツのコメディ。
 『バルーン 奇跡の脱出飛行』。監督はミヒャエル・ブリー・ヘルビヒ。1989年に東西ベルリンを隔てていた壁がなくなって31年。それ以前は逃亡が見つかれば容赦なく殺されることがわかっていながら、地下トンネルを掘り、あるいは、バルト海を泳ぎ、多くの人が西側へ脱出した。成功した人もいれば、亡くなった人も。本作は壁崩壊の10年前、手作りの気球で東ドイツからの亡命を図った家族の実話。「もう止めて!」と叫びたくなるほど、緊張で汗びっしょりになるドイツ映画だ。
 さて、今回紹介するのはブラジル映画『ぶあいそうな手紙』。ラテンアメリカの各映画祭で批評家と観客から大喝采をもって迎えいれられた作品である。監督・脚本はアナ・ルイーザ・アゼヴェード。
 ブラジル最南端にあるウルグアイと境を接したリオ・グランデ・ド・スル州の州都、ポルトアレグレ(陽気な港)を舞台にしている。主人公はそのウルグアイ出身の78歳の独居老人・エルネスト。この地に住んで46年になる。街の名前は「陽気な港」でも、ご当人は融通がきかないがんこ爺さん。読書が好きで、書斎は本でいっぱいなのに,殆ど目が見えなくなってしまった老人だ。妻は亡くなり、ひとり息子ともしっくりいかない。もうこのまま死んだっていい、などと思いながら、暮らしていた。だが、ある日一通の手紙が届いたことで新しい人生が始まる……。
 ブラジル映画といえば、もう20年以上も前に公開された『セントラル・ステーション』(1998年製作、ヴァルテル・サレス監督)がある。母を亡くしたばかりの少年が、代書屋の偏屈なおばさんと父親探しの旅に出るロードムービーだった。代書とか代読といえば本作もそう。『セントラル・ステーション』では読み書きができない少年の母親のために代書屋さんが登場したが、本作でも主人公エルネストは寄る年波で眼が見えず、手紙を読めなくなっている。その上、彼に届いたウルグアイからの手紙は手書きのスペイン語。隣国とはいえ、ブラジルはポルトガル語。代読してもらうにしてもなかなかややこしいのだ。そんなラテンアメリカの言葉のややこしさをネタにしながら、ウルグアイ人、ブラジル人、アルゼンチン人の俳優が展開する見事な人情劇。
 コロナの憂鬱の中で暮らしていると、主人公の哀しい境遇に必要以上に共感してしまいがちだが、決して「歳をとると寂しいばかりだよね、シクシク」という映画ではない。78歳の独居老人と手紙の読み書きを頼まれた23歳の一癖ありそうなブラジル娘や、隣人のアルゼンチン人との交流。国境に近いブラジルの港町で展開される人間模様が、丁寧に、そして、ユーモラスに描かれる。生まれ育った国は違っても、ワインを呑みながら、憎まれ口を叩き、病院の検査数値の悪さを自慢しあうような隣人との関係は老境に入った二人にとっては何物にも代えがたいものだろう。
 ラテン的な「人生万歳!」といった天真爛漫で開けっ放しの明るさとは違うが、しみじみと「生きているって良いな」と思わせてくれる映画だった。ブラジルは陽気なサンバもあるけれど、サウジ・サウダージなボサノバのイメージも合わせ持っている国。開けっ放しの明るさというのはラテン系の人々への勘違いかもしれないなと思わされた。
(フリーライター)







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