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評者◆凪一木
その56 ガスホールに相談
No.3457 ・ 2020年07月25日




■サイコパスの恐怖が喫緊のために、今日も、友達と会ってきた。
 『ブラック・サンデー』という幻の上映中止作品を公開前に銀座ガスホールの試写で観た男だ。ガスホールと呼ぶ。私より一一歳年上の六八歳だが、未だ青年のようだ。高校時代から学生運動に参加し、大学卒業後、音楽関係に約二〇年勤めた後、自社ビルを建てて、ビデオ屋を開き、これも約二〇年で潰して、その後スーパーで契約社員となり、六〇歳前にリタイア。悠々自適でもないが趣味三昧。知り合ったのが九〇年なので、三〇年の付き合いだ。
 「やっぱり、そんな奴は、いないよ。いや、いると言えば、いるんだけど、それをサイコパスという名で呼んでいいものか。つまりさあ。逮捕もされない。精神病院送りにもならない。社会生活に溶け込んでしまっているジャンルの精神疾患、精神異常な奴なわけだろう」
 「それはそうだけど、自分がこれまで出会ったおかしな奴、たとえば、頭の足りない奴とも、すぐに切れる危ない奴、ただ単に目立ちたくて威張りたい奴、そういう連中とも違う。どんな狡猾なペテン師とも違う」
 「わかるよ。限りなく自己中心なわけだろう。だけど、そういう奴はいるだろう。それに近い奴なら、俺だって何人か見たことある」
 「いや、それとはたぶん違う。決定的な違いがある」
 「だけど、殺される心配はないわけだろう」
 「いや、それだって、刺激しないでいればの話であって、その状態でいること自体が苦痛で、緊張を強いられ、操られている状態なわけであってさ。いつ遺体になっているかもわからないよ」
 「考え過ぎだよ。今度、そいつの尾行をしてみたらどうなの。気付かれることなんてないよ。大抵の場合は分からない。お金があるのなら探偵を雇うのもありだけど」
 「そういうことをするから却ってヤバい目に遭うんだよ。家の近くに行ったら、サイコパスの既に仕掛けてある監視カメラに録画されて、“凪さんに似た人がここに映っているんだけど、これ誰なんだろうねえ”なんて言って証拠写真を見せられかねないよ」
 「怖がりすぎだよ。案外、どれもこれも取り越し苦労だよ。物書きなんだから、ここは突っ込んでいかなきゃ何も始まらない。まずは尾行だね」
 「いや、どの本にも書いてあることは皆同じ。同級生や友人の医者にも相談してみたけど、答えは皆同じ。関わり合っても何一つ良いことはない。最善の策は、その場を去ること。逃げること。関わり合わないこと。退散すること。接点を断つこと。それだけ」
 「大げさすぎやしないか。俺もネットでかなり調べたし、本も一、二冊読んだけど、犯罪を起こす奴と、起こさない奴との棲み分けができているんじゃないの」
 「でも、津久井やまゆり園を襲った男や、池田小学校事件の男がサイコパスだとして、彼らは、その前日までは、普通に社会の中で生活していたわけなんだから。今日のオレが、明日の被害者となっていないとも限らない」
 「結局、どこが違うわけなの。ただいろんな意味で、嫌な奴っているだろう。嫌がらせをしてくる奴もいるだろうし、素行そのものが、不快感を持っている奴とか。それらよりも危険で恐怖なわけってことだろう。それは一体どこのことよ」
 「まずは、常識ってものが通じない」
 「それも世の中に一杯いるだろう。そこでの常識ってのは何よ」
 「権力者やその集団の一番偉い奴に都合が良い仕組みじゃないの」
 「違うでしょ。それなら、まだましよ。それはむしろ法律でしょう」
 「だったら多数決の論理で、たとえば五一パーセント以上の支持を集める者が常識と呼ばれているんじゃないの」
 「じゃあ、常識外れとか非常識ってのは、どういうこと?」
 「物の値段って、安くなるためには、沢山の利用者、消費者がいて、そこで大量生産されるから安くなるわけだけれど、そうなると貧乏人は、経済的制約でもって、希望する品が高い商品の場合には、我慢して安い商品を買うよね。常識になびいてしまう論理は、そこじゃないの」
 「違うよ。言い出しっぺが、ただ単に常識と言っていることが常識なだけだよ」
 「そうなのかなあ。非常識や非国民、非合法はあっても、不常識はない。不法や不道徳は、法や道徳の単なる否定であり、非は、その外側、アンチの意味合いが濃く、つまり逸脱している。サイコパスは、これに近い。常識のない奴には「教えれば」覚えの度合にもよるが、或る程度は「分かる」。だが、常識の外に出ている者は、常識自体を理解できない。そういうことじゃないの?」
 「いや、“常識が通じない”というのはサイコパスも、そうでない人間も同じなんだよ。あんな奴は常識外れだよ、なんて偉そうに言っている奴自身が、とてつもない悪臭の男で、その臭いをどうにかしろと、何度言われても、洗濯もしなければ消臭剤も使わずに、悪臭を漂わせながら、人の批判をしている奴がいる。同じように、テレビでコメンテーターが、題材や対象となっている人物について、“非常識だ”と、口角泡を飛ばしながらしゃべっているその顔にカメラがアップされると、髪の毛から落ちたフケが、肩に大量に降り積もっていたりする。常識ってのは、つまりはその人だけのものなんじゃないの」
 確かにそうだ。単に個人的なことを仲間や同類の間で部分的に共有しているのが常識だ。そこで言う常識とは、「男らしくあれ」の“男”」であり、「日本人として恥ずかしい」の“日本人”と同じだ。同じように「多様であれ」「個性を尊重しろ」と言う奴もまた、全く型に嵌まった一類型で、そこでの“多様”や“個性”は、“常識・男・日本人”と何ら変わらない。
 だとしたら、サイコパスは無常識であり、無国民であり、無多様であり、無日本人であり、無人間であり、有生物ではないか。
 映画『アメリカン・サイコパス』には、主人公(サイコパス)の、こんなナレーションが被さる。「感情は無い。あるのは、欲望と嫌悪感だけだ」。
 自分よりも質の良い名刺を持っている仲間を見て、それだけで妬む。イライラが募り、自宅への帰途、その解消を、路上のホームレスに向ける。
 職場の最古透は、私の身近のそいつは、どこで何をしているのだろう。罪を犯さないで済むサイコパスもいるのであろうか。常識内サイコパス。法律内サイコパス。
 百聞は一見にしかずであることだけは確かだ。
 はっきり言って、怖い。
(建築物管理)







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