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評者◆凪一木
その57  一二月
No.3458 ・ 2020年08月01日




■人は、モテるために生きている、とも言える。
 「非モテ」とは持てない人々(モテない&持ってない)のことで、とくにビルメンテナンスこそは、職人、仕事人、プロフェッショナルと言えるような人間がおらず、しかも年齢を食っての失敗組であり、そのことで結果として異性の気を惹かない匂いを漂わせて、非・未婚率が高いと言える。
 警備が最も未・非婚率が高く、次に設備、そして清掃となる。
 シオンに『一二月』という曲がある。
 ♪一二月、街はクリスマス気分、あちこちから思い出したようにジョンの声。

 プチ結婚詐欺に遭い、その事実を認めない例の小石先生は、一二月で六〇歳を迎える。
 実は、この現場の警備員には小石先生の同級生がもう二人いる。巨漢の元国鉄マンと、眼鏡をかけたウラナリタイプの自称元印刷職人である。三人とも一度の結婚経験もない未婚の還暦トリオである。そのトリオの一二月の会話である。
 小石「隊長の話だと、三人のうち一人は結婚させるのが来年の目標で、デートも出来ない奴は他の現場に追い出すという話だよ」
 巨漢「それだったら、僕は無理だね。結婚する気もないし、だけど、デートだけなら、メール交換しているお姉ちゃんがいっぱいいるから、その条件はクリアしているね」
 ウラナリ「私も無理。我々が結婚相手にすべきは五〇歳代ぐらいであって、そうなると、ハードルが高いはずだよ」
 巨漢「そんなことないよ。僕は二〇歳代でも全然オッケー。逆に、四〇歳代が限度かな。熟女好きでもないし」
 ウラナリ「熟女好きとかいうけど、我々で年上と結婚してる人もいて、そうなると七〇歳だってありうる話なんだよ」
 巨漢「ギョエー」
 小石「俺も、それは勘弁だわ」
 ウラナリ「だけど小石先生は、七〇歳過ぎのママさんがやっているスナックに通っているんだろう」
 小石「それは別だよ。会話はするけど、女として見ていない」
 彼ら三人の話を聞いていると、いったいいつから日本は、こんな還暦男たちばかりを増やしてしまったのだろうか、と思う。女性と、ほとんど付き合ったこともなく、生活を共にしたこともないから、単に、セックスの相手としか考えられないのであろうか。それにしたって、相手が高齢でも、それこそが良いという話が、『交通誘導員ヨレヨレ日記』(柏耕一/三五館シンシャ)には書いてある。そういったことを知らない人間ばかりの国になっている。
 警備も設備も、職業の成り立ちと、ビルの高層化の時代における勤務する人間の状況を鑑みると、「結婚できない」人間を生んでいることにも思い当たる。
 無駄に若づくりの、実質は身体にガタが来ていても、筋肉増強剤やバイアグラなどで、衰えを補完し、若さを維持しているかのような錯覚を起こさせる会社や企業の長期労働作戦と、一方で家庭を蔑ろにすることに対して、全く罪悪感を起こさせない仕組み。
 こうなると、独身でいる方が良い。特に男にとっては、少なくとも、自分が食う分ぐらいは稼げるし、深夜の泊まり勤務など不規則勤務が多く存在する警備や設備などにおいて独身は、好都合でもある。
 若く保てる理由が、どこにあるのかは分からないが、二〇一九年一二月にケン・ローチ監督の新作『家族を想うとき』が日本で公開された。まったくもって瑞々しいというより、現実に即した力のある労働問題を扱った「現役」の若い人間が撮ったとしか言いようのない映画である。ケン・ローチ八三歳である。
 日本の巨匠黒澤明も、八三歳で『まあだだよ』を撮り、これが遺作となった。当時は、高齢なのに、良くやっているなという思いで見ていたが、ケン・ローチの今の仕事ぶりと比べると、非常に物足りなく、何より若さが感じられない。
 ケン・ローチは、カンヌ映画祭審査員賞を取った五四歳から勢いを増した監督だ。
 一方の黒澤明は、デビュー作から順風満帆も、五五歳の時に公開された『赤ひげ』を最後に、鳴りをひそめる。生まれた時代で言うと、四半世紀以上、二六年の開きがある。第二次世界大戦がヨーロッパで終わった時に、ケン・ローチは八歳。黒澤明は三五歳で、既に四本の監督をしていた。早くに老成していた黒澤明と、遅い年齢でなお若々しく存在するケン・ローチ。
 ビートルズは、ジョン・レノンが二二歳のときに、デビューアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』でデビューし、早い時期にスターとなった。
 一方、二〇一九年一二月にビッグバンドとして来日したU2の人気を決定的にした『WAR』は八三年で、この時のボノはまだ二二歳であった。ジョン・レノン同様に早くに脚光を浴びる生活を始めたことになる。今、この一二月のツアーで、八三年の『ニュー・イヤーズ・デイ』や『サンデイ・ブラッディ・サンデイ』を演奏し、五九歳のボノが歌っても、まるで古く感じない。しかし、たとえば、ビートルズが存続していたとして、同じように、三六年後の一九九八年に、『プリーズ・プリーズ・ミー』を演奏し五九歳のジョンが歌っていたとして、それはどうであろうか。私の抱いた実感では、七〇年代後期にすら、それらは懐メロであった。これはおそらく、時代がもたらしたものではないか。
 前回の東京オリンピックが開催された時の一九六四年の東京の平均年齢は二九歳だった。それが、オリンピックを迎える今の東京は平均年齢が四五歳だという。どう考えても老いぼれているのに、若いふりだけをしている。都市の風景もまた、若づくりだけされている。
 東京五輪の五年前に生まれた還暦トリオの話を笑って聞いている我が設備もまた、所長を含め八人中私と三〇歳代の新人を除いた六人が独身である。国立大出身で、漫画家の妻がいる三〇歳代の新人を除いた七人の全員が、五〇歳を過ぎている。しかもモテない。
 若いつもりをしているビルメンテナンスが、次々と若くビルを誕生させている東京で、ビル群の設備と警備と清掃を担当し、オリンピックを迎える。海外から全然モテていない東京で、未婚の者たちが奮闘する。何が「ギョエー」だよ。
 今年もまた、クリスマスを、年末年始を、ビルの野郎どもの下らない自慢にもならない与太話の中で過ごす。
 家族の団らんもない大晦日に、年越し営業を辞めコンビニの灯も消えた東京のど真ん中。人の消えた街と空っぽのビルの中、一二月のカレンダーをめくる。
 「おめでとう」の一言もなく。
(建築物管理)







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