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評者◆凪一木
その59 小平裕、本年八二歳
No.3460 ・ 2020年08月15日




■映画監督の小平裕さんに会った。職場の問題を聞いても
らった。映画監督の知り合いがいるのは、かつて私もその世界に首を突っ込んでいたからだ。
 小平さんは言った。
 「凪ちゃん、ペンに訴えるのは良いけど、怒りにまかせて熱がこもり過ぎると、その内容がいかに正鵠を射ていたとしても、読者はその熱に拒絶反応を示し、正確に伝わらないことがある。釈迦に説法だけれども、そのことは肝に銘じといた方がいい。あなたの場合は特にそうだ。いったん冷やしてから書くのも手だよ。とはいえ、冷えてしまうと、勢いも無くなるし、何より書く動機自体が薄れていく。本当の動機は綺麗事では済まないものだからなァ」
 小平裕。新宿生まれの新宿育ち新宿高校出身。世の中の理不尽に対する激烈な感覚は、他の追随を許さない。様々な闘争にのめり込み過ぎて、その作品はむしろ大人し目に受け取られている不遇な映画作家でもある。
 だが作者の興奮度が、必ずしも作品に対して「悪影響」ばかりを及ぼすとは限らない。作者の興奮が無ければ、本来は過去の出来事であるものが、できる限り現在に近付く作用は薄れるし、遠い世界のことであっても臨場感をもつのはその作者の興奮度によることは確かだからである。当事者性。現代性。直截な関わり。また関わることのできなかった無念さ。悔しさ。思いの強さ。生々しさ。それらの強度、張り度、温度、湿度が絶対的に必要だ。自分に無関係なことには、人はそう簡単には興味をもたない。
 スターが、ファンの存在無しにスターという位置に、或いは形そのものではいられないように、作品も読者や観客との繋がり抜きには存在しえない。しかし、作品自体は、彼らの存在とは無関係に、独立していなければならない。

 前回のフェラーリさんのところで書いたが、『夢工場』という漫画の話だ。『釣りバカ日誌』でお馴染みのやまさき十三の自伝的漫画だ。実は小平裕と同僚であった。
 小平裕は、新宿高校ののち、東大文学部美学美術史学科を卒業し、東映「定期大卒」第一一期(一九六二年)入社で芸術職採用。当時事務職と芸術職は試験の内容も違っていた。これとは別に一時期、臨時スタッフが雇われた。一九六五年七月一日、撮影所から一六〇名ものスタッフを何もないボロ建物に配置転換し東映制作所を作る。以後そこでTV等が作られ人員が足らず臨時スタッフを雇う。その中に山崎(やまさき十三)もいた。彼らは会社との合理化闘争との狭間でバイト等もやり、山崎は退社後に劇画の原作を始める。『アイドール』『夢工場』などで、のち『釣りバカ日誌』は大ヒットとなる。山崎ら臨時者は、労働組合「東映制作所労働組合」(通称「東制労」)を結成し長期間にわたる、いわゆる東制労闘争が展開する。山崎は委員長となり団体交渉などで、監督昇進が御破算となる。小平ら撮影所の社員もまた支援闘争を展開した。東映労働組合自体が、山崎らよりずっと前から闘っており、東映本社前での道路を封鎖してのジグザグデモ、相次ぐストライキ、岡田社長宅へのデモ等などだ。
 『夢工場』での岡田茂退陣要求は、年月を変えて書かれていて、彼の助監督経験をヒントに、制作所を取り巻く東映資本の悪辣さをストーリー化したのではなく、青春物語として優れている。
 小平裕が東制労の中で最も感心していたのは、山崎の親友でもあった呉徳洙であった。大島渚の助監督から自立して、在日韓国人の権利問題等をドキュメントして、作品制作と闘いとを共生させていた、という。山崎は七二歳にして初監督作品『あさひるばん』を撮る。
 小平は腹が立つ。このどうしようもない作品を観て、ダルトン・トランボが七〇歳にして初監督作品『ジョニーは戦場へ行った』を撮った、その爪の垢でも飲め、と。
 私もこの映画を観た。『夢工場』が私にとって青春の忘れ物であり、残された宿題のような鈍い輝きを放っていて、『夢工場』をこそ映画化するものだと思った。
 小平さん同様、いやそれ以上の失望が大きかったと思う。まさにひどいのだ。
 しかも東映ではなく、『釣りバカ日誌』の松竹での作品だ。
 『釣りバカ』の主人公西田敏行まで友情出演以上の何物でもない出演をしていて、名優たちが、これでもかと情けない腰かけ的な演技をしている。だが、撮影所は皮肉にも、松竹大船が消えた今、助監督時代の古巣「東映大泉」という複雑な復帰の仕方をしている。
 ネットから拾うと以下のような批評が並ぶ。
 〈七二才にして初監督だからでしょうね。今まで助監督してたのだし、現場とか制作ノウハウは熟知してる筈ですが、あざとく見える演出は頂けない。素人以上玄人未満って処でしょうね。〉
 〈なかなかの駄作でした。何のひねりも無いストーリーに、無駄な間と説明台詞のオンパレード。やはり七〇歳過ぎのおじいさんの初監督作品なんて、お金を取れるレベルにはならないものですね。〉
 〈人情コメディーの積もりだと思うのだが、リアルさゼロの薄すぎるストーリー展開、全く笑えないドタバタに唖然とした。〉
 〈自分の撮った絵がどんなふうに仕上がるのかも分かっていない素人監督による、学芸会レベルの映画でした。〉

 小平裕は、山崎とは全く肌が合わない、という。
 「凪ちゃんの内部の敵との闘いは人間の内部に巣くういわば見える様で見えない難しい闘いだね」
 私もまた、迷っている。勉強して過激派もどきになってもがんじがらめの発想で、今度は、団塊世代の真似ごとをするようになる。かと言って怠けて、勉強するだけの時間を確保せずにアルバイトなどして普通に時間を削がれると、社会的に少々認められても、学生運動世代のいう幼児性のままで居ては、表現の舞台から降りざるを得ない。
 山崎は、自らの漫画で予言し、その可能性を危惧していた恐怖の未来に、全くその通りの結果となってしまった。一番ダメな部類のつまらない奴に。
 漫画『夢工場』をフェラーリにも読ませた。うな垂れていた。
 マーシーからカメラを「副業」と言われ、馬鹿にされたような気持ちを私にぶつけてきたとき以上に、怒りとも遣り切れなさともつかない態度を、静かに持て余していた。
 工ちゃんにも読ませた。樵にも読ませた。マーシーにも読ませた。皆、それぞれに、うな垂れていた。
 読ませた途端、私までがうな垂れてしまうから、あの男にだけは読ませていない。
 最古透だ。
(建築物管理)







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