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評者◆凪一木
その62 荒れるサイコパス
No.3463 ・ 2020年09月12日




■ビル管理に勤務するための登竜門として危険物乙四、必要条件としてボイラー技士、冷凍、十分条件として電気工事士という国家資格があるが、会社移動、特にビルマネジメント方面への転職のための必要条件としては、通称「ビル管」と呼ばれる、建築物環境衛生管理技術者という資格がある。
 これが、私にとって、このでたらめな会社から離れるための一つの武器であり、逆に辞めることができない一つのネックでもあった。
 既に何度も書いたように、合格した。さあ、他の会社への移動だ。転職だ。東京オリンピック景気もあって、ビル管理業界の今は、売り手市場である。これが二〇二〇年一月の状況であった。
 「どこにしようかな」。ハローワークに通い、転職サイトに登録する。今いる会社では、ビル管を取ると、その受験費用を貰った者もいるし、合格祝い金および資格手当をもらっている者もいる。私に関してはいずれもゼロである。待遇の違いについて問うと、有耶無耶な答えで、就業規則などには、実は何も記載がない。私のような組合活動(ユニオン)をしている者には、極力無待遇であるのは、理解はするが納得しているわけではない。
 だから、冷遇され、かつサイコパスのいるこんな会社は、さっさと出るに限る。その通りに、一二月、一月と同僚が、T工業を去って、「良い」会社に移っていった。よし、私も続こう。そう思っていた矢先である。
 コロナだ。就職活動をしようにも、相手会社の面談ができない。募集自体を自粛している。いや、街に出て、動くことすらできない。大変なことになった。出社すると、相変わらずのサイコパスが待ち構えている。
 ヒトラーでもスターリンでも、それなりの手続きを踏んで(ライバルのトロツキーにレーニン葬儀を不参加にするなど)権力を手にするも、もともとおかしな思想なのか、虐殺を始める。その転換点みたいな時期や瞬間が、あるとき訪れるはずなのだ。当人の資質としてあったにしろ、周囲から見ていると、突然おかしくなるようにしか見えないはずだ。最古透もまた、そのはずだ。
 コロナになると、皆自粛して、或る者はうつ状態になり、或る者は家庭内でドメスティック・バイオレンスを働き、家族と不和になる者もいる。最古透はどうなのか。
 これがまた人間ではないといった方がよいほどに、感動などの感情がないから、平均的な人間並みの反応をするわけではない。だが、世間が動いていることは肌で感じるのだろう。突然荒れだしたのだ。
 イライラし始めているのは、横で見ているだけでも分かった。そろそろ何かやるだろうな、とは思って見ていた。
 去年九月に、新しく入ってきたマーシーと呼ばれる男がいる。ビル管を持っているこの業界の二〇年選手で、エリートっぽい、見た目も「やり手」な元証券マンだ。マの付く名ではないが、そう呼ばれている(もちろん仮名だ)。
 無資格者の最古は、このマーシーが人気を集め、人望を集めるのが気に食わない。仕事ができて、資格もあって、性格も大人しく、長身で、顔も、昔の加勢大周みたいな、そこそこの顔で、佐藤蛾次郎を不愉快にしたような顔の最古とは、何もかもが違うと言っていい。ただし、人に取り入る方法論、嘘でもお世辞だらけの言葉と話術で、相手の弱点を掴む技術、そして尻尾を掴むととことん追い詰める冷酷さにおいては、加勢大周であっても、罠に嵌まると、おそらくは酷い目に遭うであろう。
 最古は、そのチャンスをずっと狙っていた節があるのだが、もはや、コロナによって、自分自身がおかしくなっていたのであろう。マーシーに向かって、いきなり切れた。
 「てめえ、この野郎、ガン(眼)飛ばしてんのか」
 所長も、新しく変わる引き継ぎの次期所長も、隊長を含めた警備員さんも沢山いる衆人環視の防災センターの中で、それは起きた。
 ことの中身は、ここに書いたところで、どうってことのないことだ。マーシーが、社員のちょっとした障害案件で呼ばれ、対応し、トラブルを復旧して戻ってきた。昼ご飯(交代で一時間ずつ取る。この日は、マーシーが先で、最古が後)の時間なので、そのまま、行こうとした。
 「じゃ、お昼、行ってきます」
 そこで最古が、いきなり怒声でもって暴れたのだ。
 何に対して怒ったのかというと、障害案件対応を今すぐに記録せずに、食事に行こうとしたということである。翌日までに記録すればいいことであり、すぐに書くという慣習も約束事もない。実際、すぐに記録する者もいれば、食事時間に被さってしまうときなどは誰も書かない。そして、マーシーは「ガン」など飛ばしてはいないのだ。
 昔、『裸のガンを持つ男』という映画があったが、マーシーは、せいぜいがインテリ風の眼鏡をかけている程度の、その奥にはどちらかと言えば、弱々しい目がそこにあるだけである。私の勘では、もともと最古がチャンスを狙っていたのではないかと思うのである。新所長が引き継ぎのためにやってきて間もなく、その新所長に向けて、自分をアピールし、「見せる」ために、大人しいマーシーを生贄にした。怒るための議題など何でもよかったのである。
 まあ、とにかく暴れたわけだ。だが、最古透の、この手の行状は、実は周囲の皆は、ある程度予測し見知っている。だから「またか」というようなものである。ここで、最大の疑問がわく。
 なぜそんな、資格もなく、人望もなく、技術もなく、仕事もできない奴が、責任者をやっているのか。誰も降ろすことができないのか。
 これは、他の社会や共同体にも言える。恐ろしくおかしい人間が国会議員になっていたり、裁判長であったり、社長であったりする。なぜなのか。私が声を上げても、所長に直訴し(長文の手紙を渡し)、同じ会社の常務に直訴し(一対一の話し合いの末、ユニオンを通して数度の団体交渉)、周りの同僚に声をかけても、奴が「おかしい」ことは認めても、「危険人物」であることをも認めていて、なのに、その先については、「あなた(凪)が一人でおやりなさい」となるのである。
 おかしくはないか。野放しという以外の言葉が思いつかない。
 これでは、伊藤詩織も、自殺した赤城俊夫氏の妻も、ただただ孤立するだけではないか。
 おかしくないか。
(建築物管理)







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