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評者◆秋竜山
忘却とは思い出すことなり、の巻
No.3464 ・ 2020年09月19日




■頭の中に記憶している数だけ、忘却することになる。記憶と忘却は同じであって、記憶してあるだけ忘却するということだ、と思ったりするが、間違っていないだろうか。「お前、忘却がはげしい、はげしいというけど、そんなに頭の中につめこまれているのかい?」と、うたがいたくなる。頭の中につめこまれたものが忘却するということになると、つめこまれていたものを自覚していなかったら、忘却したと思えないということだ。「なんだかしらないが、最近、やたらと忘却していくみたいだけど、何を忘却していったのかさっぱりわからない」。忘却とは忘れさることなり、なんて流行語があったりして、子供の頃よく口にしたものであった。「コラ!! お前、忘れたのか」と、先生に叱られる。いや、それは、忘れたのではなく、はじめっから、頭の中にはいっていなかったのだから。
 外山滋比古『乱読のセレンディピティ――思いがけないことを発見するための読書術』(扶桑社文庫、本体五八〇円)では、
 〈夜より朝がよい。朝を中心に生きていこうと考えていて、それまで、別のことだと思っていた忘却が新しい意味をもつことに気づいた。忘却は夜中にすすめられていて、朝、目のさめたとき、ほぼ完了している。朝の頭は、忘却による清掃済みの頭である。一日のうちでもっともよい状態にある。(略)一日のうちで、もっとも頭のよくはたらく朝は、忘却のおかげであると考えた。〉(本書より)
 朝、頭がスッキリしているのは、そのせいかしら。忘れさってしまったことによって、頭がスッキリ。忘却とはスッキリすることなり。と、いうべきか。それでも、頭のおもい朝もある。忘却できなかったせいだろうか。よく眠れた朝はスッキリする。眠れない朝はおもい頭の朝をむかえなくてはならない。朝、起きようとした時、どーも頭がスッキリしない。これは、きっと忘却がたりなかったんだ!! と、ふたたび蒲団の中にもぐりこむ。それによって、頭のスッキリした朝をむかえることになる。なにを、どんなことを忘却したのかわからない。とりあえず忘れさったことである。肝心なのは、どうでもいいことを忘れることはいいとして、大事なことを忘却してしまったことだ。ハテ、大事なことって、なんだったんだろう。いくら考えても忘れてしまったことは思い出すことはできない。いずれにせよスッキリした朝であれば、それでよしとしよう。時折、人の名前、それも親しかった人の名前。忘れてしまったのなら、それでいいとしても、名前を忘れてしまっているが、顔をおぼえているということだ。いくら考えても思い出さない。あいうえお順に名前を思い出そうとするが、浮かんでこない。そういう時は、もう、そのまま投げ出してしまうか。そんな時、意地になっても思い出そうとする。そんな、朝、フッと名前が出てくる。それは、なんとしてでも思い出そうとした結果である。一番うれしい瞬間でもあった。忘却とは思い出すことなり、思い出すまでガンバルことなりである。自分のことを、誰かが同じようにやってくれているかもしれない。そんな朝は、思い出すより思い出されるほうがどれほどうれしいか。







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