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評者◆凪一木
その66 香典の話
No.3467 ・ 2020年10月17日




■香典を出せという。
 一律三〇〇〇円だ。会社の一同で出すわけで、その人間と長く付き合った者も、階級(係長だの所長だの)の上下差のある者も、貰っている給与も無関係に一律三〇〇〇円だという。
 何の相談もなしに決められたわけで、表向きの拒否権があっても、皆それを行使できない環境にある。
 私は拒否した。何しろ相手は、あの最古透だ。
 ふざけるな。酒を呑めない奴が、飲みたくもないウーロン茶で無理やり付き合わされた上に、多酒を食らった奴から、「割り勘」を請求されるようなものだ。
 私が拒否した理由の最大は二つある。その相手が邪悪であるうえに、その「一律三〇〇〇円」を決めた人間もまた、配慮や遠慮のない人間であるからだ。
 ある共同体においては、多くがそこでの有力者に左右される。多数派ならばまだしも、ほとんど有力者個人の意見が反映されて、それになびき、斟酌し、鑑み、忖度し、遠慮し、配慮し、暴力を恐れ、凡そ反対の意見であってもまかり通ることがある。会社などというところの一番下らないところがそれである。
 昔いた会社では、毎月五〇〇円を徴収されたのが、なんとコーヒー代である。それは何かというと、所属長に当たる人間がコーヒー好きで、一人で勝手にやっていれば良いものを、コーヒーメーカーで高級豆を落として、「皆で」という言葉でもって、ほとんど自分ひとりで飲むわけだ。もし有力者が阪神ファンなら、社内に「六甲おろし」が流れ、自民党好きなら、安倍ちゃんのポスターが貼られ、見たくなくとも毎日、目にする羽目になるだろう。
 コーヒー、阪神、自民党。フランスで野球が得意でも、自慢にもなるまい。たとえば運動能力抜群であった新庄剛志は、日本でなければ、ほかのスポーツをしたかもしれない。もしくは俳優になっていたかもしれない。陸上競技で一〇〇メートルと二〇〇メートル走はあっても、一五〇メートル走などというものはない。だが、局所的に一五〇メートル走だけが得意な選手がいたとしたら、陽の目を見ることはないだろう。
 その場所での、多数派や有力者に「選択する」方向が左右されるのは仕方がない。私が今、日本語で文章を書いているのも、それしか出来ない制約による。だが、他の国では、「お上」とか、権威とか、ブランド等を、これほどに、心情的に崇めたりするものであろうか。どこの国でも確かに、スポーツ選手の子はスポーツ選手、政治家の子は政治家で、パン屋のせがれはパン屋になる。ただ、日本の場合は、あまりにも、歌舞伎の子は歌舞伎で、競馬の騎手は、競馬の騎手を親に持ち、天皇家も、社長の一族も、ただただ当たり前のように、地位も階級も既得権益も存続し、相続し、一律の恐怖をばらまき続けて良いものであろうか。心情的な縛りをも含めて。
 日本で一番権威があるとされる映画賞で、二〇一八年度の『キネマ旬報』の主演男優女優賞には、俳優柄本明と女優角替和枝の長男・柄本祐と、その妻で、俳優奥田瑛二の次女・安藤サクラが受賞している。安藤の次に得票を稼いだのが趣里で、やはり俳優水谷豊と元歌手で女優となった伊藤蘭の長女だ。その次に石橋静河がいて、この女優もまた、石橋凌と原田美枝子という俳優同士の次女だ。選ぶ人間も「映画界の人間」という仲間・同僚意識を持ちたいのか、身内のように、斟酌やお手盛りがあるのは、しょうがないことなのかもしれない。村社会の身内の如くに、松田優作の遺児デビューに対し諸手を挙げて迎えたり、評論家が、過去に無数の甘い対応をしてきているのを見ている私は、今さら何をと思うが、こんな「裸の王様」状態であることを知っていて、皆で口をつぐんでいるのは、一体どういうわけであろうか。血統や家系や学閥、門閥に影響されることに恥ずかしさを覚えないのか。
 他国の場合は、構造的な物理的な差別や序列は罷り通っていても、それが日本のように、心情のレベルで、何も気持ちとしてまでも、認めてしまうような集団同調圧力としては、存在していまい。
 「お上」意識を、「上は上で大変だ」と言って、「上の怠惰」の疑いを許さぬ空気を支えているのは、下っ端のお零れを頂く者か、もしくは、騙されていることにも気付く力のないバカである。私が作家としては食い詰めて、会社に入って一番気分の悪いところは、まずはこういった無用の「みんな一緒」意識と「お上は別」意識である。つまりは、上の者に都合よく出来ている仕組みや構造に気付かないバカによる同調暴力のことである。
 その割には、上司や社長が一体いくら貰っているかについて、尋ねないし、知らない。上の者は、私の給料について、知っているのに。
 プロ野球選手などは、推定だが知られている。ネット上の記事(「フルカウント」小西亮/二〇一九年四月一三日)に、元プロ野球選手の若松駿太投手が取り上げられていた。プロ三年目の二〇一五年に一〇勝四敗の成績を残し、最高年俸三六〇〇万円を貰っていた。
 今は〈年収ベースで15分の1以下になった。〉とある。年収二四〇万円ということになる。確かに低い。だが、ビル管で言うと、二四〇万以下での募集が、ハローワークには半分程度存在する。普通である。
 東京都知事選が告示された二〇二〇年六月一八日に、選挙で現金を配布したとして、公選法違反(買収)の疑いで河井克行・案里夫妻が逮捕された。
 そこには日本独特の、贈答文化、手土産文化、盆正月の付け届け文化、餅代、氷代、陣中見舞い、差し入れといった、名目だけの、実質の不透明なやり取りが、日常、ヤクザが入り込む余地としても、存在してきた。
 私は、師である脚本家「神波史男を偲ぶ会」に出席しなかった。金額が、彼の心情に合わないからだ。私が実行委員(四人連名)を務めた「南木顕生を偲ぶ会」では、公開前の遺作上映を含めて、会費三五〇〇円とした。
 高い金額に参加する人間は、高い金をどこかで得る仕組みに関与する。それが悪であってもだ。今回の香典拒否は、相手がSであったからだ。だが、嫌々払った人もいた。どうやって拒否するか。そのことの意義は、実は大きい。
 サイコパスを入り込ませない。親分体質の横暴の元を作らせない。セクハラ・パワハラ社会を温存させない。ずるい奴を鑑みる文化を許さない、といったことだ。
 河井夫妻の悪の元は、すぐ足元にある。
(建築物管理)







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