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評者◆凪一木
その72 松永太というサイコパス
No.3473 ・ 2020年11月28日




■松永太という人間がいる。北九州監禁殺人事件の首謀犯である。首謀というよりも、一人で行った犯罪と言える。死んだ人間は、松永の妻である緒方純子の両親と妹の家族六人と、虎谷久美雄という男の七人である。七人の遺体は全員が発見されていない。
 というのも、死体は解体し、肉を切り刻み、トイレに流す。骨は煮詰めて、脳はミキサーにかけ、一か月以上にわたっての作業で「消して」いた。骨片も、血痕すら残っていない。その作業の一切に松永は参加していない。その「作業現場」に立ち会ってさえいない。他人を指図し、操作して「させ」ていた。最終的には、緒方純子と虎谷の娘、この二人にさせていた。殺人行為自体も松永は一切行っていない。
 電気コードのジャックを身体に当てて通電させるという、松永の「お家芸」は頻繁に行っていたものの、殺害行為自体には至っていない。緒方の一家や死んでいった人間が生きているうちに家族に、次々に手を掛け、自らも順番が来ると殺されていった。
 事件発覚時に生き残っていた緒方純子や虎谷の娘も、もう少し長い時間の後には、別の人間(松永の奴隷となるような相手)の登場によって、消されていたのではないか。緒方純子を「妻」と書いたが、純子は内縁の妻であり、実際には結婚していない。松永には既にかつて妻と子がおり、離婚している。
 緒方純子が松永と知り合うのは、八二年九月だ。既に二年前の八〇年に高校時代の同窓生アルバムの写真から松永が物色して電話を掛け、「五〇円を返す」という身に覚えのないウソで呼び出され、一年後に「結婚した」という電話があって再び松永に呼び出された。いきなりキスをされ逃げた一件があり、そうして三度目の八二年九月の電話だった。純子はお嬢様育ちのまま地元の香蘭女子短大児童教育学科を卒業し、幼稚園の教諭として就職していた。ここで妻のいる男である松永と関係を結ぶことになる。妻の方はと言えば、その後すぐに子を連れて消えるのだが、松永の激しいDVから何とか逃げたというのが実態だ。その妻子の前で「愛人」であった緒方純子が激しい暴力を受けているのを元妻は見ているが、自分の代わりに彼女(純子)が次の被害に遭うのだろうと思いながらも、すまないなという負い目を引きずり、去っていったという。
 取り残された純子は、元々初めての性経験が松永であるにもかかわらず執拗に、過去に男がいたことを責められ、日記の一字一句から責められ、お得意の通電をされた。胸にはタバコの火で、松永の名である「太」という字の火傷を負わされ、太ももには、墨汁でやはり「太」の字を刺青された。しかし当時、愛人は緒方純子だけではなく一〇人もいたという。
 純子の妹である緒方理恵子とは、純子と繋がる以前に関係している。しかし愛人の一人という付き合いでもなかったようだ。純子の母である緒方静美とは、純子と付き合い始めた直後に関係し、死ぬ(殺害する)まで続いていたようだ。当時というのは松永がまだ二一歳の時で、静美三八歳、この時から殺される五八歳まで関係は続いたことになる。
 松永は、緒方純子ではない別の愛人(一〇人のうちの一人)のために、この時期にコンサートを開いた。一〇〇〇人規模の小屋を借り切り、愛人一〇人も呼んだという。松永自らがボーカルとして率いるバンドなのだが、実態はなく、愛人の一人に騙った「自分は東京のプロダクションに所属していたミュージシャンだ」というウソの立証のために、松永の会社の社員それぞれに、いきなりギターやドラムなどを、コンサート当日までに弾けるようにしろと命令し、急造したものだ。会場には、たったの五〇人しか集まらなかったという。社員がいるということはつまり、松永は「社長」ということである。
 実は、親の畳屋を引き継いでいた。八五年には、銀行から五〇〇〇万を借りて、三階建てのビルを建て、二〇〇人を集めての株式会社「ワールド」創業パーティーを開いての船出だったようだ。営んだのは布団営業なのだが、その会社登記には、三井物産のそれからそのままコピーをいただき、「貿易」その他すべてを記していた。もちろん、儲けていたわけではなく、自爆営業どころか、詐欺、暴力、犯罪そのものの会社で、社員も自らが、松永に金を取られていた。社員自体が、詐欺の被害者であって、そのまま会社に連れてこられて、社員にさせられ、住まわされ、その家族から送金させられていた。とにかく「やらされる」のである。
 或る社員は、その母が松永に支払った金額を毎回細かく日記に記して残しており、その総額は一億四四二〇万五四五二円だという。その社員は、その後にもう金は払えないと恐怖で逃亡する。八九年には、二八歳の松永は久留米大法学部に入学し、社名も「ワールドクラブ」と変更し完全に詐欺会社へと変貌していた。九〇〇〇万円の負債を抱えて、九二年七月三一日に信用金庫で松永と純子は脅迫暴行事件を起こして指名手配される。以後は略する。
 わが社のサイコパス、最古透は、あの芸能で有名な堀越高校を卒業ということだ。授業料は払っていないという。芸能事務所が出してくれた、という。父は第一勧銀、のちみずほ銀行の支店長であり、どこまでが本当でどこからが嘘かは分からないが、一年ごとに様々なスポーツ(スキューバダイビング、ゴルフ、サーフィン、スキー、空手など単独でするもの)をこなし、語る相手ごとに、様々な職種を経験していることになっている。私には、本田技研で一〇年務めたエンジニアであり、Sに纏わり憑かれた結婚相談男には、カメラマン助手であり、元証券マンのマーシーの前では、営業マンで、工ちゃんの前では、カリスマ美容師に仕事を教わっていたことになっている。
 「サイコパス」という言葉を書いてしまうと、あってはならない存在の存在自体を認めてしまうようで、また、予め許容済みという匂いを与えているようで、この言葉を安易に使いたくはない。Sとは何か。
 巧みに、その共同体を壊しに、そして寄生するだけの自分の居場所を確保するために、攪乱し、操作し、そのことを快感として生きている者のことである。
 一寸の温かみもない世界である。少しずつ、我々同僚は、殺されはしないだけであって、北九州の被害者たちの如くに、物語の登場人物を形成されている。だからこそ、私は立ち上がったのである。
(建築物管理)







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