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評者◆凪一木
その73 サイコパス決戦前夜
No.3474 ・ 2020年12月05日




■なぜサイコパスが嫌な存在で、怖いのかを書いておく。
 私には、身近に、お隣にサイコパスがいる。会社の同僚で、定期的に二四時間以上を共に過ごす。しかも二人きりで。寝ている間も何をされているかは分からないが、何よりそれが恐怖なのは、周りで、同僚であれ、会社の上の人間も含めて、同じビル内にいる多くの他業種や他部署の人間が、全くそれと気づかないことである。そのため、この話をしても信じてもらえないどころか、こちらが危ない目に遭いかねないのだ。
 『サイコパス・インサイド』という本がある。著者は精神科医で、自身をサイコパスだと気づくノンフィクション・レポートでもある。つまり、サイコパス自身が書いた本でもある。「復讐はサイコパスの特徴の一つなのか」という疑問がある。その自らも気づくことのできない特徴について、信頼できる懇意の精神科医に尋ねる場面がある。そこには、こうある。はたしてサイコパスは、復讐する生き物なのか。
 〈誰かが私をひどく怒らせたときには、私は即座に怒りを押さえることはできる。もし私のことをよく知らない者なら、私が腹を立て、多分に当人にひどい怒りを覚えていることには気づかないであろう。怒りの噴出を押さえ、復讐心を隠してしまうことには私はひどく長けている。何年も復讐を先延ばしすることもできる。しかしある時点で、当人がまったく予期していないときに、復讐してやる。人が私に仕事上でも職業上でも、あるいは個人的なことでも何か悪さをしたら、私は最後には彼らをとっちめてきた。私にとって、それは面白いことである。というのも彼らは実際何が起こったのか、理解できないからである(その詳細は語れない。というのも実際に幾人かに見事に仕返しをしてやったからである)。私はされたことに見合う復讐をすることに細心の注意を払っている。〉
 これを読む限り、かなり執念深いということになる。たとえば、私の友人(あだ名は怪人)に、サイコパスの話をしたら、自信満々でこう語った。
 「そんな奴はどうにでもなるよ。いざとなったときには俺に相談してよ。凪さん、蛇の道は蛇。世の中にはいくらでも裏があるんだから」
 この怪人の経歴をここでは書けないが、確かに怪人の自信は分かる。海千山千、武勇伝、並外れた履歴の持ち主である。だがしかし、ただ一点だけ不足がある。彼はサイコパスを知らない。映画などでしか見たことがないのだ。これでは、まんまと餌食になるだけである。怪人もまた、怪人こそが、サイコパスの良いカモなのだ。
 上記の本の中の文章からも分かるように、サイコパスに対して、何かを仕掛けたなら、その倍返しが待っている。それもまるで楽しみとセットになっているわけだから、人生の長さを掛けて、ゆっくりとその機会を窺うわけである。
 そのサイコパスが悪事をした場合はどうか。下手にそれを悔い改めさせようとか、謝罪させようとか、根本から変えようなどとしようものなら、大変なことになる。
 一時的な力関係の中で、一瞬だけ(反省のふりなどの)演技をすることはあるかもしれないが、決してその通りには事が進まない。主導権は、支配権は、向こう(サイコパス)が常に握っている。いつの間にか、周りが操作されている状況になってしまう。同書には、こう続く。
 〈もし一人の罪人が何らかのサイコパスであるなら、それは犯罪を繰り返す者である。私たちは機械であって、意志の力だけで自分自身を根底から変えることなどできはしない。考えたことは、自分の行動の物語の筋書きを変えることで、表面的にせよ、自分自身を変えられるのではないか、ということであった。(中略)よりよい自分に変化させるには、贖罪をするための行動プランが必要であった。しかし一生懸命やっても変えようもない生まれついての問題は、私は実際に他人の配慮を本当はしていないことである。〉
 つまりは、演技として、罪を軽くするために法廷でウソの涙を流すが如く、単に騙すだけである。その後に、そのような演技をさせた相手に対して、復讐をどうやってするか、念入りに計画し、楽しみながら実行するわけである。
 それならば、この身近なサイコパス(最古透)から嫌われないよう、復讐されないような人間として存在しなければならないことになる。これがまた非常に面倒くさい上に、ひどく疲れるのである。周囲の人間も、最古透がサイコパスだなどという想像は特にしていなくとも、変な人間であるという認識は薄々以上に、ほぼ皆にあり、用心すべきであることは身に沁みている者も多く、したがって緊張感を強いられる職場なのである。
 ただし、サイコパスというレッテルを張りにくいのは、日本社会が、なんだかんだいって村社会で、たいていの人間は「話せば分かりあえる」とか、「俺もお前も所詮は同じ穴のむじな」「俺とお前と大五郎」といった妙な同調意識が働いているからである。だから、気づいてビクビクしている私自身は孤立することになる。
 また、その村社会の中にあっても、特に狙われやすいのは、私である。これは、この業界に入って、サイコパス以外の人間からも、ずっと標的にされ続けてきており、相手がサイコパスであれ、この点に関しては例外なく最大のターゲットなのである。前歴が作家ということは、この職場ではかなりマイナスに作用する。サイコパスは、妬みにかなり敏感なのだ。
 『オブラー博士の危険な患者~サイコパスに狙われた精神科医の手記』(マーティン・オブラー、トマス・クラヴィン/訳・小林宏明/早川書房)には、こうある。
 〈「いつも怒りが現れるからだよ。そうすると、きみはわめき散らすか、あるいは……」「怒りを抑え込んでしまう。しかし、怒りにははけ口がなくてはならない」(中略)「デヴォン、きみは両親にも弟にも強い怒りを感じているんだろう? 他に怒りを感じている対象は?」「なかなかいい線いってますね? 心当たりは?」(中略)「ぼくのなかにある岩みたいな怒りについて知りたいわけですね? それは溶けているんですよ。地球のコアみたいに。たしかにあります。そしてそれは美しいものじゃない。それが表面を突き破って出てきたときには……」「火山噴火だ」「よくできました。ボーナス・ポイントだな」〉
 他の同僚には、「わめき散らす」段階で終わっていた。だが、私には火山噴火する。
 いよいよ決戦である。
(建築物管理)







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