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評者◆凪一木
その74 サイコパス最後の日
No.3475 ・ 2020年12月12日




■前所長さま。当日の朝に、いきなり「退職します」とは、驚きました。樵さんなどは、その旨を聞くことなくいなくなったわけで、三年一〇カ月いた所長の取る行為ではないと思います。
 某月某日、最古透氏が、マーシーに向かって「テメエ、ガン飛ばしてんのかよ」と、突然切れました。自分より立場の弱い人間に対して、人前で、大声で怒鳴るという行為はハラスメント行為です。怒鳴るという時点でアンガーコントロールのできない人間であり、責任者としての適格はありません。マーシー当人はもちろん、侮辱された周囲の人間に対しても、謝罪し、「始末書」および、今後こういうことはしない、との「約束文書」を書かせてください。
 所長が、最古透に脅されていたわけでもなく、沖縄空手さんを見殺しにした理由は、自己保身ではないですか? パワハラを見逃している点で、派遣先の御社、京橋ビルパートナーズ(仮名)にも責任があるのではないですか。関係機関に問い合わせると、最古氏個人の問題ではなく、会社と派遣先の体制が問われている問題だということを厚労省の資料を紹介して理解させてください。とのことです。
 やはり私は、マーシーさんに対して、「最古さんの虫の居所が悪かったんだろうから」と、朝礼で笑って済ませようとした所長も問題と感じます。凪一木

 所長が辞めた日から、目の上のたん瘤がいなくなった以上は、このチャンスを逃しては大変なことになると思い、私は、最古包囲網の締め付けを一気に加速することにした。
 当日の朝、七時三〇分には、最古が現場にやってくる。したがって、その前の二〇分ごろにメールを入れる。
 〈凪です。新所長が二日に、K部長に仰ってましたが、伝達事項は「曖昧さや言い間違いの恐れのある」口頭で伝えるのではなく、文書化してくれとのことです。文書化することは、自分自身の理解にも役立ち、また、自身が実は知っているつもりで知らなかったこと、理解しているつもりで理解していなかった、或いは理解の程度が浅かった等の判明にも優れている。さらに、伝える相手だけではなく、他の人にとっても解りうるものを作成すれば、伝えた相手が不在であっても機能します。もちろん、「言った言わない」の低レベルなやり取りや、ウソをついたり、言い違い、受け取り方の相違、単に伝える人間が間違っている等の弊害を防ぐことができます。K部長が、「最古は事務能力が低い」と仰っていましたが、どんなに低かろうと、責任者の最後に「立つ鳥跡を濁さず」で、マニュアルぐらいはしっかりと文章化して、皆に分かるよう伝達ください。〉
 案の定、顔を真っ赤にして、現場にやってくる最古。
 「凪さん、いたずらメールはやめてよ」
 「その前に、ここにやって来るなよ。まだ就業時間前だろう」
 「何を言っているんだ。ふざけるな。仕事があるんだよ」
 「無いだろう。遊んで、他人の邪魔をしているだけだろう」
 「仕事があるんだよ」
 この辺のやり口は、実は、もう分かり切っている。同じ文言を繰り返す。それも、マーシーとの間で頻出した「小学生か」と「ガン飛ばしてるのか」。および銭さんとのやり取りでの、「関係ない」「喧嘩売ってるのか」。以上の四語を中心に、意味のない繰り返しが特徴だ。
 驚く話だが、最古は実際に仕事をしていないのは明白なのだが、朝の無駄な早出はもちろん、深夜〇時三〇分から朝までの時間帯さえ何度も残業請求をしていた。
 「就業時間内にできる仕事を、敢えて就業時間外にやって、不当な残業請求しているのはどういうことだ。しかも間違った計算方法で、良く恥ずかしくもないな」
 以上は、こちらとしては既に紙に書いており、「これを読め」と、その場に手渡した紙の通りを口にしただけである。最古にしてみたら、どんな言葉に対しても、すらすらと回答するので驚いただろう。だが、こちらは想定問答通りをしゃべっている。
 会社が労働者に残業代を支払わねばならないのは、労働者が会社の残業命令に従って残業を行った場合だけであり、労働者が勝手に残業をした場合については、残業代を支払う必要はないのが原則です。従業員が、仕事に関係なく、勝手に会社に遅くまで残っているだけなのに、「残業命令に基づいて残業を行った」と言って、不当に残業代の請求を行っていることになる。それまでの人間、沖縄空手にしろ、結婚相談男にしろ、就業時間内に行っているのに、無能さゆえか敢えて、同じ副所長のマーシーに頼むこともせずに勝手に行っている。貴君に聞きたいのだが、なぜ、朝早くやってくるのか。単に嫌がらせなのか。
 無資格の人間が就職できるのも不思議だ。何らかのコネなのか。答えられる範囲でお答え願いたい。銭さんにパワハラを働いたときにも見られるように、質問に対して、答えないばかりか、同じ文言を繰り返す。嘘と出鱈目の貴君の喋り言葉では、話にならない。したがって、今後は文章でやり取り願いたい。
 こういったことを立て板に水で話した。そうしたら、突然、最古透は、急に顔が豹変して笑顔になり、こう言い出した。
 「俺は何ひとつ恨みも反感もない。凪さんのことが昔から好きなんだ」
 この切り返しには驚いた。さすがはサイコパスだと、本気で身震いした。
 それでも危ない。言葉尻を掴まえて、K部長にすぐメールした。
 先日の続きです。今月退職の最古透氏と今揉めています。「俺はちゃんと引き継ぎするつもりはないから」と言っています。ではどうするのか聞いたら、「K部長がやる」とのことです。紙に記載はしないが、その言葉通りで受けとって良いか念を押しました。
 さらに、続けてメールする。
 パワハラをやめてほしい、などいくつかの要望を書いたものを読めと渡しましたら、「俺は絶対に読まない」「じゃあ、読み上げようか」「破ってやる」(以下略)
 こういった裏を取る行為をしておかなければ、いくらでも嘘を付き、また他人を巻き込んでくる。さらに続ける。
 金曜日も、最古氏は、新所長の指示に従わず揉めたそうで、マーシーと新所長が共にその作業(机の移動)をしたそうです。明日の最古氏の突然の有給休暇も皆驚いて、フェラーリさん、樵さん、共に有給休暇申請をしたら、「不可能」と、断られました。労基法違反です。やりたい放題を放置するのですか。
 ところがその日、最古は私の前で笑顔を通したのである。私は明けで帰り、最古と一緒に居残った樵さんは、何一つ、その気配を感じることなく、日勤の彼を見送った。
 それが最後であった。
(建築物管理)







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