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評者◆秋竜山
古池や蛙飛び込むどんな音、の巻
No.3475 ・ 2020年12月12日




■木枯しの、この時期に「蛙」でもあるまいが、復本一郎監修『俳句の鳥・虫図鑑――季語になる折々の鳥と虫204種』(成美堂出版、本体一五〇〇円)を、手にしたのでパラリと無意識にめくったら、「蛙かわず(かはず)」が眼に飛び込んできたので、もちろん写真の蛙である。トウキョウダルマガエルとトノサマガエルである。カエルの中でも、もっともカエルカエルしている絵のようなカエルである。
 〈カエル目に属する両生類の総称で、日本には在来種三四種、五亜種、帰化種三種が分布する。〉(本書より)
 カエルといえば、おなじみの古池のために生まれてきたといってもいいだろう、その古池に蛙飛びこむために生まれてきたといっても文句あるまい。飛びこむと水の音、その水の音のために生まれてきたようなものであるだろう。松尾芭蕉の名句のために生まれてきたともいえるだろう。国民的蛙であり、国民的俳句のために存在するのである。だからカエルを知らない人は、日本人にはいないはずだ。そして、芭蕉もこの一句で俳句界の第一人者になった。〈古池や蛙飛び込む水の音 芭蕉〉と、いうわけだ。蛙も古池があったから、そして飛びこんだから、水の音をたてて。それを芭蕉が五七五にしたから、そんな運命的な出合いが一つになったから、有名になってしまったのだ。古池に蛙が飛びこんだ時、どのような水の音がしたのか、俳句にはいわれていない。だから、古池伝説の中で、どのような音であったか、かなり、いい加減に「私は、こー思う」というわけ知りが説をとなえている。一般的には「ポチャン」であろう。ポチャンではありきたり過ぎるからと、無理してまでも「ボチャン」だとか「ドボン」だとか。誰も見ていなかったから、いいたいほうだいである。この一句が有名になったのは、水の音が定まらないからであると思う。
 〈名は、トノサマガエルの鳴き声に由来するという説や、産卵のため生まれた場所に帰ることから「カエル」となったという説などがある。「かわず」はもともとカジカガエルのことを指し、平安時代になって混同されてカエル一般を表す言葉になったといわれる。もし、かえらなかったら、カエルという名よりも、カエラナイという名前になっていたかもしれない(そんなバカな)。
 手をついて歌申しあぐる蛙かな 宗鑑
 一畦はしばし鳴やむ蛙哉 去来
 およぐ時よるべなきさまの蛙かな 蕪村
 痩蛙まけるな一茶是に有 一茶
 カエルをよく見かけるのは初夏の時期だろう。そのためアマガエル、ヒキガエルは夏の季語とされるが、単に「蛙」という場合は、「初蛙」「遠蛙」「夕蛙」など、カエルの姿ではなく鳴き声を詠むことが多いが、〉(本書より)
 田舎へ帰った時、何がさびしいかというと一面田ンぼだったところが無くなってしまったことである。住宅地になってしまった。ここが、かつて田ンぼであったといっても若い人たちは信じない。私は青年の頃、そんな田ンぼのあぜ道を夕暮れから夜にかけて歩いたものである。その田ンぼは「合戦」で、すさまじかった。何百、いや何千匹という蛙の歌であった。今は一匹の蛙も見ることはできない。そして、鳴き声さえも。今頃は冬眠中か。







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