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評者◆凪一木
その77 凪一木の恐怖
No.3478 ・ 2021年01月09日




■火災による全館閉鎖・大学休校となったかつての惨事に引き続き、私はビル管生活二度目の「ヤバい」出来事を引き起こした。ただし、言い訳めくが、どんな仕事でもミスもすれば、間違いも起きる。徹底的な清掃をしても、その後に別の人間が清掃をしたなら、「ほら、この通り」とゴミが出る。
 自分を振り返ってみても、いくつか、「もしあのとき、こうであったなら」ということはいくつもある。それを回避できる完全な方法などなく、しかし、いくつか不完全な回避程度を見つけることはできる。おかしな話だが、罪に問われたとき、逃げるという方法もある。
 アメリカ映画で、国境や州境を脱出しザマアミロ、という結末はある。もしそのルールに不服なら、常に対話や裁判や審議会だけが戦いの場ではない。人生の選択とはそういうものだ。
 「世界を敵に回しても」という言葉がある。その言葉通りの人間もごくごく少数いる。轢き殺された子供がかわいそうだという気持ちと、そういう人生に入ってしまった加害者に同情する気持ちの両方を私が持っているのは事実だ。
 『アンストッパブル』という映画があった。監督は自殺してしまったトニー・スコットだが、ITも科学も、人間の身体とは相性が基本的に悪く、異物と認識して共振しない、という根本的な問題を突き付けていて、その上でどう折り合いを付けるかについての問題を、あっさりした仕掛けの中に、その複雑さを分からないように割り込ませて心に訴えてくる傑作であった。お涙頂戴や、大政翼賛的な、強制装置としてではなく、爽快なアクションであるところに、一流のエンタテインメントたる面目がある。だが、今の私は、完全に「ビル管」的な目で見てしまうのである。
 物語は、機関車が暴走し、地域の設備や人を破壊しかねない巨大化した事態となる。出だしはちょっとした機関士のうっかりミスや思い込みの重なりであり、次々と不運が重なっていく。個人や担当者や社主が責任を負えるものではない。また実際負わない。そういうものじゃないのか。会社のためじゃない、住民のために命を賭ける、というリストラの決まった熟練機関士が主人公だ。カッコいい。
 英雄譚に仕上がっているが、原発同様に、「どうにかできる」と甘く見ている現代の人類についての映画である。人命や地球規模の被害についても手に負えない。うっかりミスの機関士について、私は、同情はするが、厳罰にすべきであると考える。
 だが、これがミスなのかどうか判定のしづらい領域がある。機械やコンピュータの絡む事象である。死刑反対派の人間が、ただ単に(犯人の人間性を本気で鑑みているようには見えない形で)反対を唱えているのと同じように、私は、その上で、そういう法規制の中に生きるのが嫌な奴は、脱獄してでも生きるがいいと思っている。私は少なくとも自分の身体の方を、会社やビルよりも大切に考えているので、従う気は毛頭ない。
 貧困だから犯罪に近いというのは、証明しろという方が可笑しいくらいに自明の筈だ。もし子供を殺すようなバカな顛末に陥りたくなかったら、「気を付ける」前に、そういう仕事に就かないことであり、それはつまりは裕福であれば、たいていの不幸な道筋は回避できる。
 私はむしろ、裕福な者がどんなに安全装置をたくましくしても、ゼロにはならない。そこが実は人間のルサンチマンを生む、と思っている。貧困が生むのではなく、裕福が生む。
 私は歩くときは基本的に信号を信用していない。信号機の必要のない距離にも信号は存在し、車は信号通りになど動いてはいない。車に轢かれないように歩くだけだ。車に乗るときは歩行者を信用していない。自分の身は自分で守るしかない。
 それでも、事故は起きる。その程度に危険な段階に突入した社会で生きている。それで死刑なら仕方ない。不服なら逃げる。不服でないなら甘んじて受ける。
 安っぽい打球でも野手の間を抜けばヒットだ。鋭い快心の当たりも野手の正面でアウトにもなり、エラーのランプが付くこともある。打者の普段の練習の真面目さや、その打席での調子のよさに比例する出来事ばかりでなく、一度の躓きで人生全体を左右する。これは仕方ない。エラーはエラー、凡打は凡打。
 死なせてしまった者は情状酌量なく、結果主義にした方がいいと私は考える。冤罪の可能性というが、そうなる場合、嵌められたか、疑わしい故に嫌疑をかけられたか、そのはざまで助けられる機会がなかったか、とにかく、結果としてそうなのだ。殺された(轢き殺された)人間の選択不能さとそう変わらない。
 先日、「ザ・スクープ」という番組を見た。冤罪報道の追記レポートだ。
 かつて「爪剥がし看護師事件」というものがあり、仕事の不満や病院への腹いせなのか、患者の爪を剥がすという虐待事件があった。それがまた再び起きた事件と勘違いされたような、「かわいそうな」事件である。
 恐らくこの事件の方の「爪剥がし」は、「正当な医療看護行為」であるのは、看護師協会なり、取材の状況からして間違いないようだ。それにしてもなのだ。
 その看護師を画面で見ていて、不思議だった。なぜそこまで「正しい」のに、こんな嫌疑をかけられ、憂き目を見なければならないのか。私の予想だが、不真面目な看護師たちがいて、それらに嵌められた、もしくは意地悪されたのではないか。極端な話、取り調べの刑事を味方に引き入れてもいいわけだ。人生の勝負としては。
 いじめられる側にも責任がある、という理屈について、全くゼロだと私は思っていない。いじめられない絶対の方法はないが、「いじめてもしょうがないな」と思わせる程度の「ダメな奴」がいる。それが理由でいじめの回避につながる場合がある。ダメな奴には二種類いて、本当にダメな奴と、「いじめてもしょうがないと思えるほどにダメな奴」を演じている場合がある。後者の場合、そこまで「努力」しなきゃいけないのか、と思うかもしれないが、身を守るとはそういうことだ。
 もちろん、いじめられない奴である方がいいに決まっているが、それもダメなら、いじめてもしょうがない奴に成り下がるしかない。そういう努力について、「ザ・スクープ」の「冤罪の」彼女は、「怠っている」という言い方に、私流には、なる。
 「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」
 未だに、事故原因であるかもしれぬ私は、温度調整について口をつぐんだままなのである。
(建築物管理)







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