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評者◆秋竜山
近くの富士山と遠くの富士山、の巻
No.3479 ・ 2021年01月16日




■海は遠くを眺めるものである。水平線を眺めることによって海。海を眺めると、必ず口ずさむ歌。「海は広いな大きいな……」と、いう昔からある歌である。海といえば、この歌だ。子供の時におぼえた歌なんだろうか。脳がそのように仕組まれているからだろうか。それに似たものが、富士山である。富士山といえば、「富士は日本一の~山……」で、ある。どうして、この歌がでてくるのだろうか。子供の頃から心にしみついているからだろう。日本は、海と富士山によって心がすくわれている。もし、日本に海や富士山がなかったら、それは淋しい国ではなかろうか。聞いた話では“運の無い人”と、いうことで、実物の富士山を眺めたくて、過去何回となく足を運んだ。そのつど、一度も富士山を眺めることができなかった。天候のためである。その人が眺めにいくたンびに、富士山は姿を見せてくれなかった。雨のふる日は天気が悪いの江戸川柳を思い出す。富士山にこがれて、より近くの富士山に行ったわけだが、失望した。「なーんだ、こんな山だったのか」と、ガッカリしたという話を聞いたことがあった。毎年富士登山をしているという人に聞いたことがあった。あの、富士山に登ったということは、遠くに眺める、あの三角の富士山、浮世絵などに見る富士山に登ったということである。歌の文句にあるように「富士は日本一の~山……」であるということは、その富士山に登頂して、足元の石コロを手にとって、「これが、富士山か」と、感動するよりも、遠くに見る富士山を見た富士山のほうがより感動は大きいのではないかと思う。遠くから望む富士山こそ感動の山ということになる。
 若い頃、私は遠くから米つぶほどの富士山を見て、ある一つのことをやってみようと思った。それは、この小さな富士山から段々と近づいていって、ついに巨大の富士の山を仰ぎ見るということだった。近くの富士山と遠くの富士山である。どっちも富士山。富士山による遠近感覚というような試みといったところだ。電車で駅を乗りつぎ、車窓から近づいていく富士山を眺め、御殿場まで行ってしまった。近くで見ている富士山とは違って遠くの富士山であった。御殿場の街中の喫茶店の窓からコーヒーをすすりながら眺めた富士山である。
 布施英利『遠近法がわかれば絵画がわかる』(光文社新書、本体八八〇円)では、
 〈遠近法とは、何でしょう?英語ではパースペクティブといいますが、日本語はなぜか、「遠」と「近」という。対立する意味の二つの文字によります。その両方を含んだのが遠近法です。ここを重視してみると、遠近のどちらか一方ではない、遠近を対比させた、遠近の両方を含んだ世界である。という意味が含まれていることになります。遠と近とをセットで見る世界ということです。つまり、私たちが日常においても、あるいは世界のありようを思索するようなときでも、近くだけ(身近な世界)に関心をもつのでもなく、また「ここでない、どこか」のはるかな遠い世界を思索する(現実離れした)のでもなく、両方をともに見て認識する、そういう幅広いスタンスが、遠近法という用語にあるのです。〉(本書より)
 望遠鏡で遠くを眺める。遠くを近くにして眺めるということは、なぜにたのしいものなんだろうか。







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