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評者◆凪一木
その81 サイコパスの住み着く原理
No.3482 ・ 2021年02月06日




■教養がないとか、論理的に稚拙であるとか、知的水準が低いとか、そういったこと自体は、共存するうえで問題ではない。ある集団の中では、適度な配分なり役割分担をされて、稚拙な者の方が過剰な力、もちろん最大の力になることはないからである。
 ところが、稚拙な者の方が、権力において、パワーバランスにおいて、相手に対し暴力的に妥協を迫るということが、会社組織における問題だと私は感じるのである。つまりは過小な力の者の方に屈服することを迫る理屈ができあがってしまうわけだ。
 例えば共同での創作活動で、自分と相手とが、それぞれ、五〇と八〇の力を持っているとする。どちらかが妥協を迫れば、或いは相手に合わせて妥協をすれば、最大五〇の作品か八〇の作品にしかならない。しかし、互いに高め合い、化学変化を起こすならば、一〇〇や二〇〇の作品も可能なのだ。しかし、会社では、これが常に、五〇か八〇を最大とする創作活動にしかならないのである。しかも笑ってしまうのは、五〇や八〇の力の人間がいる中に、一〇程度の人間が現れて、その一〇に従うという世界が往々にしてあるのである。サイコパスは、こういったブラック企業に住み着きやすい。
 吉本隆明は、一人で見る「個人幻想」、二人で見る「対幻想」、集団で見る「共同幻想」という三段階を提示している。この対幻想を体験、もしくは感じ取ることができないのが、サイコパスであり、サイコパスは、対幻想を飛ばして、強引に、或いはわけもわからず、共同幻想の集団の中に紛れ込むわけである。もちろん対幻想自体を感じ取れないわけであるから、共同幻想の何たるかを分かるはずもないのだが、しかし、対幻想の時点では、この人間はおかしい(体験不能)ということが判明しても、共同幻想の集団の中に入ってしまうと、これが通じているかのようになる。それほどに、その不能な状態を注目されることなく、逆に、既に「対幻想を体験している者」という間違った認識の上で、集団の中の一員としては、相応の力を持ちうる。これは非常に問題であり危険だ。単に個人的なものにしか過ぎないものを、対体験を通したものとして、集団の中で力を発揮されることになれば、やはり間違った世界が現出されていくのだ。
 高校野球の名門校には、ボーイズリーグで活躍した選手などが、他県からこぞって入部する。しかし、全くレベルの低いサイコパスが入部しても、そこがブラック企業のような組織なら、彼がエースで四番を打つこともありうるのである。そんなチームが勝てるはずはないが、負け続ける中で、なぜ勝てないのかを、サイコパスの存在を抜きにして、延々と考え続け、模索し続けるのである。本当は真っ先にしなければならなかったことは、サイコパスをレギュラーから、もっと言うと、部から外すことであったのだ。しかし、そこは問題から外され、度外視される。私のいる会社がそうであり、現場がそうなのである。
 サイコパスは、自身が一割も打てない打者であるにもかかわらず、四割打者の残り六割の凡打を突いて、徹底的に批判する。四割打者がレギュラーにもなれず、逆に「打てない」自分を悔いて自殺する。そのことにより、四番に居座るというおかしな理屈となる。北九州事件の松永弘も、オウム真理教事件の松本智津夫も、同じような理屈で、その集団内の天下を取るのである。永田洋子にもその要素があったかもしれない。
 サイコパスを見逃し、野放しにしてきた背景。これが日本の会社組織であり、或いは選挙結果である。恥ずかしいほどに無自覚な同調者がいるのである。
 喫茶店に入って、コーヒーを飲む。砂糖とミルクを入れる人もいれば、入れない人もいる。ミルクを入れる人で、ミルクを入れた後、全部が入りきらないので、残ったミルクを口元に持っていき、吸い込む人がいる。これがひどく「下品で嫌だ」。
 同僚の二人がそう会話しているのを、隣で聞いている私である。私も嫌だが、しかしその目の前の人間に対して「たしなめる」ようなことはしない。気にはなっても、それが単に習慣程度の違いであり、チケットやマナーには興味がないからだ。むしろいじめや意地悪をしたりする人格の方が問題だ。ミルクの残量を口で吸うか残すかは、寿司を箸で食べるか手づかみで食べるかの違い程度にしか、感じられない。だが、二人は、「ミルクを吸う人間」に対して、これでもかというほどに、その「非常識」や、「普通でない」ことをあげつらい、仲間はずれ、村八分、会社内でのいじめの対象にしようとするのである。そういったことに厳しい人間がしかし、カイロ大学卒業資格が嘘ではないかという東京都知事候補には、厳しい目を向けることもなく、一票を投じていたりする。それこそが、サイコパスを会社内で野放しにしてきた理由と同じである。
 都知事選でなくとも、おかしな候補にかなりの票が投じられているのが、この社会だと言ってよい。何が彼らの票の元なのか。構造をなすものは何か。それを否定したいなら、その「おかしさ」に対して、身近な隣人に対して、物を申すことが始まりだ。
 私の現場で言うならば、資格詐称をして電気工事士法違反で仕事をする人間よりも、「ミルクを口で吸う人間を追い出そう」とする人間を認めている現実。これが安倍や菅やその他の人間たちをはびこらせている実態の現れではないかと、私は本気で思っている。
 資格詐称を認め、ミルク吸いを追い出そうという人間を、もし本気で批判したいなら、その批判自体が、そこに近い自分自身もいることを認めたうえで、根深い「的なもの」を自らの中からできるだけ排除しつつ、批判という名の嫉妬や、単なる自己嫌悪の照れ隠しである彼ら同調者、票を投じる人たちに対して、はっきりと物申すべきなのだ。
 下手な批判は、つまりは嫉妬や照れ隠しをされると、彼ら悪魔は、そのことで、より魅力を増すのだから、徹底的に立ち向かうしかないのである。外側から、安い批判はできる。「安倍はけしからん」「菅はだめだ」。だが、一対一で対峙しなければ、共同幻想における集団の中の、対幻想を体験していない単なる一人と同じになってしまう。これでは、サイコパスにやられてしまう。
 権力志向の強い生き物であるサイコパスは、厚顔無恥であれ、ある意味では、選挙に立っている。
(建築物管理)







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