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評者◆凪一木
その83 二流の人
No.3484 ・ 2021年02月20日




■坂口安吾に『二流の人』という小説がある。
 信長、秀吉、家康のように、天下を取る人間の最有力候補とも言われた黒田官兵衛を指すのであるが、黒田はしかし、天下人とは遂に成れず、しかもただ天下人を目指すだけの人間でしかなかったという皮肉な内容である。
 一流が何かという問題もあるけれども、しかし、とりあえずは、その一流ではないということで、二流なのである。
 一芸に秀でた人間というものは、曲がりなりにもその世界の中の或るジャンルのトップであり、どうあろうと業績なり軌跡を残している。そこから漏れた者、外れた者、降りた者は、歴史に名を刻まれないし、誰かの代わりであり、取り換えがきいて、どこか二番煎じ的である。
 大まかに言ってしまえば、プロの芸術家であるか、サラリーマンなのかという線引きを、そこでしてしまうと、サラリーマンが芸術家を気取ったり、芸術家のくせにサラリーマンを演じてしまうことが二流なのではないか。さらに言うと、サラリーマンの中では、かなり特殊な、ビル管理という世界は、その最末端であると同時に、どこかしら、会社員に徹することができずに、芸術家的なところがあるのである。
 小雪が、ハリウッド映画『ラストサムライ』に出た際に、日本人としてのアイデンティティーを問われたという。つまりは、鎧兜の形から、どういう階級であるのか、着物の所作、振る舞いや茶の湯の心など、その歴史や成り立ち、存在、定着の仕方にまで思いを至らせるようになったという。これは幸せなことだ。本当に着物に詳しい着物の専門家や、茶の湯の達人とは別に、俳優業という必要に応じた取り入れ方でもって、既に俳優として一流である以上は、バランスよく取り入れて、その世界の捉え方も間違うことはないであろう。一流の茶人は、お茶のことだけではなく、その他の世界についても通じているように、一流の文化人なら、運動音痴であれ、そのスポーツの何たるかを一瞬で掴むはずだ。二流だから、どこまでも無知のままなのだ。
 鉄道に詳しいだけのマニアやアニメに詳しいだけのオタクのように、バランスの悪さが中に混じっているのは、その他との関係を無視しているところがあるからだ。
 「これより三役」の一戦には何の興味もなく、「相撲の醍醐味は十両と幕下にあり」などと言う当人独自の理屈でもって、幕内力士の対戦すら見ないという相撲ファンがいたら、一流とは言えない。神奈川県予選のみで、甲子園大会は見ないという高校野球ファンも中にはいる。そういう歪さを、その世界を知らない人間に、納得させられなくとも、せめて説明できればいい。だが、それができずに、「高校野球の醍醐味は、知らない人間には分かりっこない」と言ってしまう。そんな人間が、ビル管には多いのである。
 私は、欧米もインド映画もアジア映画も一通り観るけれども、それ以上に「出来も製作費もワンランク低い」などと言われているⅤシネマを、これでもかと観ている。十両戦ばかりを見る相撲ファンと何ら変わらないではないか、と言われるであろう。
 端折って書くと、人間の日常の暴力やいざこざ、やり取りの秘密が、他の映画に比べて、はっきりと示され、またドキュメントのように現れてもいる。いじめやパワハラの解決方法の糸口さえ、その雑多な人間関係や練り切らずに投げ出されたシナリオの中で、準備万端とは言えない弾かれた俳優の演技と迫力に、ハッとさせられるのがⅤシネマだ。
 とはいえ、お前はプロなのかと問われると、その境目の薄さと心細さに、逆襲されるような思いがするのだ。
 元証券マンのマーシーは、パチンコのプロである。いつでも勝つ。勝つ理論があり、その理屈をいくら説明されても、分からない。私もかつては開店から閉店まで、途中昼食や夕食の間抜けて、同じ席に戻る生活を一年間、二人の仲間とともにやっていたことがある。拠点は三カ所だった。浪人の三年目であった。一つ下の一浪の男は一年間で約八〇万円稼いで東京理科大に入り、同じ年の男は、一〇〇万ぐらい負けて、札幌に残りホテルマンとなり、私は大阪へ飛んだ。その後も、パチンコを続けたが、辞める結果となる。拠点が、被差別部落の住む地域であったというのもある。プロかアマチュア(半分愚連隊)かは見分けがつかぬが、ヤクザ者が多かった。嫌がらせに遭って辞めたのだ。
 そんな生活の経験があるので、或る程度の予測はつくはずだった。だが、説明を聞いてもチンプンカンプンなのだ。Ⅴシネマのパチンコ物なら、誰よりも観ている。九〇年代は、ゴト師物も含めて、金融物の中では、サラ金物に次ぐ一大ジャンルであった。その絡繰りなども、友人のⅤシネ脚本家自体が嵌まって、借金苦に陥ったり、或いは勝ち方を知っている者もいて、その世界には明るいつもりであった。
 一〇〇〇円で二五〇発の玉を買う。出玉率が各店でそれぞれ八〇~一二五%などとなっているのも分かる。玉一つを二・五円で買って二・二~三円で換金する方が、四円で買って四円で代えるよりも、プロはそちらで稼ぐ。一九八九年にボーダー理論として提唱された石橋達也のボーダーラインについて、知らなければ、説明しても分からない、という。
 マーシーは少なくとも、パチンコ(および株)でマンションを買い、生活するだけの環境が整わないので、ビル管を続けている。儲かるからといって、同じ店に続けて常連客として「いる」ことができないのも、難しい理由の一つだ。あるとき、鉄砲玉に、積んである玉の容器を蹴飛ばされた。因縁の理由が、「さっきまで俺が座ってさっぱり出なかったのに、お前(マーシー)が座ってから出始めた」というものだ。そんなことはよくあることで、実は完全に「店の側」から狙われていて、嵌められた。警察沙汰にもならずに、鉄砲玉とマーシーの二人が出入禁止となった。
 そう考えると、プロにはなれないのである。ビル管をやりながら成立するセミパチプロということだ。ビル管をやりながら映画批評をしている私とどう違うのか。
 マーシーの前の現場には、競馬プロのビル管がいた。四〇〇〇万円の預金通帳を見せられた。競馬以外では儲けていない。パチンコ屋の浅い椅子に身を沈める時間、映画館の固い椅子に身を沈める時間。
 本物に最も憧れる偽物の方が本物に勝るという理屈を私は持っているが、最も醜い偽物とそれは紙一重である。
 ああ二流。
(建築物管理)







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