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評者◆星落秋風五丈原
名前はなくても彼等は生きている
オビー
キム・ヘジン著、カン・バンファ、ユン・ブンミ訳
No.3485 ・ 2021年02月27日




■彼等には、名前すらない。表題作のタイトルロールである女性はオビーと呼ばれるが、これは職場で飼っている犬の名前だ。犬でさえ名前を呼ばれるのに、彼女を呼ぶ台詞はどこにもない。関心を持たれていないということだ。にも拘わらず職場の同僚たちはあれやこれやと彼女に聞きたがる。どうせ聞いたそばから忘れてゆくほどの関心しかないのに。そんな程度だと思っているから端から彼女は同僚達と馴染もうとしない。するとますます孤立してゆく。主人公は彼女よりも世渡り上手を自認して同僚とも普通に会話しているが、だからといって優遇されるわけでもない。今日は名前を知られない(知られようともしない)彼女を非難する身でも、明日は我が身かもしれないのだ。
 「真夜中の山道」は「中央駅」でも描かれた龍山事件を思わせる事件が登場。こちらも登場人物に皆名前がない。デモを鎮圧する側は四番と五番、いずれも男、される側は“女”という普通名詞で紹介される。女は男達に懇願し、両者は本来なら敵対するべき間柄でないことが明らかになる。しかし男達は仕事と割り切り女性への情を切り捨てる。“袖すり合うも他生の縁”とは真逆の冷え冷えとした関係だ。
 名前はなくても彼等は生きており、正直なことを全て話すわけではないけれど様々なことを考えている。キム・ヘジンは小さき声として切り捨てられる人達をそっと掬い取って、ほうら、と見せてくれる。見たくないものがほとんどかもしれない。しかし、確かにいるし、ある。世の中に溢れている、楽にならざる生活を、手を見ることでやり過ごすしかない現状が。
 デビュー作「チキン・ラン」、彼女にふられ、あてもなく訪れた公園で老人に誘われ始めたなわとびで、別れた彼女との気持ちを少しずつ整理する「なわとび」、スランプを抱えて筆が進まない語り手と、英語教室で出会った異国の人ワワとの心の触れ合いが行き着く先を描いた「ドア・オブ・ワワ」「アウトフォーカス」「カンフー・ファイティング」「広場近く」収録。








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