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評者◆凪一木
その85 顔の横幅
No.3486 ・ 2021年03月06日




■このことだけは、あまり書きたくはなかったのだが、もしかしてという、これは想像の物語として読んでほしい。
 「あの人はサイコパスではないか」という話は、多くの職場や、コミュニティで起こりうることだ。実際にそうである場合もあれば、その「サイコパス」の定義や解釈をいたずらに広くしたり、変形させると、レッテル張りによる新たな差別や、翻った暴力を生む。
 そう考えると、慎重に言葉を選ばなければ、危険な選別や色分けを流行らせかねない。企業が、入社適性の基準の裏ルールとして採用するかもしれない。或いは、普段の人間の付き合いの中でのマイナスイメージとして定着するかもしれない。
 したがって、以下は、参考程度に留めてほしい。我が職場にいた最古透の顔である。
 彼を知る誰もが認めるところであるが、顔の横幅が極端に広いのである。ここに写真を載せたいぐらいであるが、単なる印象ではなく、実際の写真を使って縦横の比率を測ってみると、サイコパスではないかと言われるトランプ大統領の比率はもちろん超えている。その横幅で、良くサイコパスの代表例的な紹介のされ方をしているので、目にしている人は多いと思うが、少なくとも六一人を殺害したとされ収監中のランディ・クラフトの「あの顔」の比率をもやはり超えている。
 中野信子の『サイコパス』(新潮新書)にも、顔の縦と横の長さの比率を比較して横幅の比率が大きい男性ほどサイコパシー傾向が高い。とあり、良く知られることになった。
 二〇一五年九月一五日、英紙「The Daily Mail」に、学術誌「Personality and Individual Differences」上でのサイコパスの顔に関する報告が記されている。ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ大学(ドイツ・フランクフルト)の研究グループということだ。心理テストで冷酷さなどの気質を測定し、次に被験者たちの頬骨から頬骨までの長さを、上唇から瞼までの長さで割り、彼らの顔の幅広さを数値化した。
 結果は「顔の幅が広いほど、サイコパス的気質も強い傾向にある」。
 『言ってはいけない』(橘玲/新潮新書)には、マシュー・ハーテンステイン『卒アル写真で将来はわかる』(文藝春秋)が紹介されている。
 〈幅の広い顔の男性は、ほっそりした顔の男性に比べて、ライバルを蹴落とすために三倍嘘をつく。〉に始まって、四つの特徴を記し、最後にこうまとめている。
 〈研究者はこの結果を、「ほっそりした顔の男性が、幅の広い顔の男性に殺されている」と解釈した。〉
 サイコパスとは何か。ほとんど見かけないはずだが、世の中には、ごくごく一部確かにいる。私は最古透を知るまでは、サイコパスなどという存在を侮っていたし、知らなかった以上は、映画などで観る猟奇的な凶悪犯のようなイメージでしかなかった。だが、それは犯罪がばれてしまったようなタイプであり、実態はもっと普通に平然と捕まりもせず、会社員や時には偉い人として、存在し、人を陥れて罪の意識もなく暮らしている。その身近な例とともに約五年ものあいだ寝食を共にしてしまった。それが非常に怖かった。まだ途中経過かもしれないのだが、しかし怖かった。
 サイコパス、いや身近の最古透には、色々なサインがある。友達というものがいない。ドラマやスポーツを観て感動しない。遠い未来の目標がない。難しい話が嫌い。などだ。五八年生きてきて、初めて見たので、世の中に、そうそうはいないことも実感として分かった。
 嘘をつく人間など、昔からかなり見ている。だが、たいていは、やましい気持ちを持ちながら、自分を大きく見せようなどとして嘘をつく。サイコパスは、嘘自体になんの躊躇もなく、嘘がばれても恥ずかしがらない。人の粗探しをする人もいる。だが、サイコパスの場合は、それが自分の生きる方法であり、夜を徹して、他人のミスを見つけるという下らない作業に没頭する。私と同い年の最古の身体を考えるときついはずなのだが、その徹夜を嬉々としてやる。
 サイコパスについての知識は、まだ広く知られていない。余程の犯罪を犯さない限りは捕まりもしないし、危険だとも思われていない。ただ、さすがに数年もいると、多くの人が、この時代の情報などで気付き始める。
 追い出された沖縄空手の男はもちろん、「最古だけは早くこの職場から出せ」と捨て台詞を会社に残して去った結婚相談男。それに、会社は違うのだが、同じ部屋にいる警備の人たちも、最古が消えてから、続々と私に、やはり恐怖を感じつつも話しかけてくる。元野球選手だった糖尿病男は、こう言ってきた。
 「辞めた最古さん、ああいう人は家で覚醒剤やってるかもしれないよ。俺もアル中だから分かるんだ」。別の警備の人で、理論で健康を保っている男は、こう言ってきた。
 「最古さんから急に「不愉快なんだよ」と言われたことがあって、こっちも「あんたのことが苦手」と言ってやったことがあるんだ。凪さんなら分かると思うけど、あの人、サイコパスだよね」
 サイコパスは、良いことに対して快楽を覚えれば、良いこともするのかもしれない。つまり良いことと快楽が結び付けばやるはずだ。だが、良いことは、苦しいことの上に産まれる。努力した上のご褒美のようなものであり、それ自体が喜びと結びつかない限りは、その努力自体はやらないだろう。結局は良くないことしかしない。どんな相手とも向き合おうとか、できれば誠実に対応したいなどと考えるような正直者は、餌食となる。
 アメリカに住む従妹にSについて聞いてみると、私の周りの人よりも意識は高かった。
 〈こちらではやはりサイコパスの犯罪は多いと思います。そのためそういう犯罪者のプロファイルも日本よりは研究されています。私も言語学者の端くれとしてそういうサイコパスの脳の構造にとても興味があります。いちどサイコパスのような学生と美術のクラスをとったことがあるんですが、その生徒の作品は色がありませんでした、全てが黒でした。表現下手ですがまるで悪魔のような絵でした。私たちが出来る事は、多分そういう人たちと少し距離をおくことでしょう。〉
 しかし、私はその距離をそう簡単に取ることのできない位置で仕事をしていた。その顔の幅が、あまりにも決め手のように広かった。
 サイコパスの基準はもう一つある。いなくなって、「また会いたい」と思わせるか、「二度と会いたくない」と思わせるかである。
 思い出すたびに震える。
(建築物管理)







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