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評者◆粥川準二
新型コロナ・パンデミックで医療が崩壊する理由、そしてそれを防ぐ方法――第四波を防ぐにはワクチンだけでは十分ではない
No.3487 ・ 2021年03月13日




■日本でも新型コロナウイルス感染症(COVID‐19)のワクチン接種が始まった。東京などの感染者数(正確には陽性者数)は「下げ止まり」しており、専門家たちの多くは緊急事態宣言の解除について慎重だ。一方、人々はすでに「コロナ慣れ」「自粛疲れ」して、これ以上、行動変容による感染抑止は難しいように思われる。第四波が来るのは時間の問題だ。もしワクチンの普及が間に合わなければ、ひとたまりもないだろう。
 行動変容といえば、昨年12月、複数の医療関係団体が政府に強い感染拡大防止対策を求める声明を発した。現場では医療従事者が疲弊し、医療崩壊が始まっている、と。筆者は大晦日、カウントダウンパーティに参加している友人をSNSで見つけてしまい、「あなたは自分の私権を行使することで、医療従事者の私権を奪っているんですよ」と説教してしまった(まるで「自粛警察」だ)。
 日本の医療制度はWHO(世界保健機関)から世界一だと評価されている。その日本で、パンデミックによって医療崩壊が起きるとはどういうことなのか。よく知られているように、日本の人口当たりの感染者数は諸外国に比べて少ない。アメリカの三〇分の一程度であり、イギリスやフランスの二〇分の一程度だ。
 OECD(経済協力開発機構)によれば、日本の人口一〇〇〇人当たりの医師数は約二・五人で、三〇カ国中二六位と低い。しかし感染が日本より深刻なイギリスも二・八人、アメリカも二・六人なので、医師数が問題ではない。看護師数は人口一〇〇〇人当たり一一・八人で、三一カ国中八位と悪くない。注目すべきは病床数だ。日本は人口一〇〇〇人当たり約一三・〇と、加盟国中一位である。加盟国の平均値は四・五なので、日本にはその三倍近い病床があるということだ(加谷珪一「「日本の医療崩壊」その危険性を示唆する、世界で断トツの「数値」」、ニューズウィーク日本版、一月二〇日、などで書かれているデータを各種資料で確認)。
 感染症の専門家である森井大一によれば、新型コロナによる病床の占有率も、日本では高くはない(「起こるはずのない「医療崩壊」日本で起きる真因」、東洋経済ONLINE、一月一四日)。森井は「実は大多数の日本の医療機関は、コロナが理由での入院を引き受けていない。それどころか、少しでもその可能性がある症例さえも拒否している。それにもかかわらず、日本は陽性者を入院させることを基本とする政策を取ってきた」と指摘する。「欧米では、検査で陽性とされても、症状がなかったり軽かったりして治療的介入が必要ないと判断されれば、隔離を目的とした入院は行われない」。
 しかし「日本の入院隔離の枠組みは、感染症法に基づくものである。公衆衛生的対応としての法整備がなされていたことで、法に基づいた隔離がスムーズに行われ、その結果、市中感染のコントロールに有利に働いた可能性がある」と森井は分析する。医療崩壊、つまりコロナ患者の激増によって病床が足らなくなってしまうことの理由は「おそらく1つしかない。引き受け手が“一部に”限られているのだ」。
 医療制度に関する法制度の専門家で医師でもある米村滋人によれば、医療機関は感染症患者を受け入れることを法的に義務づけられてはいない。「医療体制を規制する医療法では、どういう診療科で、どんな患者を受け入れるかはそれぞれの医療機関が決められることになっている」、「地域全体で必要な病床が確保できなくても、行政ができるのは、あくまで病院に対する「協力要請」にとどまる」(井艸恵美・石阪友貴「病床の多い日本でなぜ「医療崩壊」が起きるのか」、東洋経済ONLINE、一月一〇日)。
 米村によれば、日本では医療機関の約八割は民間が運営するもので、たとえ都道府県知事などが命令に近いかたちで受け入れを要請しても、民間病院がそれを受け入れる義務はない。
 「(感染患者を)受け入れている病院は、これ以上(患者を)受け入れれば感染対策が不十分になり、他の疾患の患者」を受け入れられなくなっている。その結果、「一部の医療機関のみが感染患者を引き受けることにより、医療機関の間に負担の大きな偏りが生じている」。多くの民間病院がコロナ患者を受け入れない理由を、米村はこう説明する。「一番の問題は、クラスター(集団感染)が起こったときだ。2~3週間は完全閉院にしなければいけなくなり、消毒などをして膨大な費用がかかるうえ、収入はゼロになる。病院からすれば、そんな危険なことはできないというのが本音だろう。全国的にどこで受け入れるか、押しつけ合いが起こっている」。
 この状況を改善するためには、財政支援などが必要だが、うまくいくとは限らない。ならば病院などの医療機関は、クラスターに怯えつつコロナ患者を渋々受け入れる公立病院と、コロナ患者を断って暇な民間病院だけなのだろうか? もちろんそうではない。
 ノンフィクションライターの石戸諭は、公立や私立の大病院や大学病院、診療所、高齢者施設などを訪ね、現場を観察し、そこで働く医師や看護師らに話を聞いた。その結果浮かび上がってきたのは、経験によって積み上がった知見をシェアしながら、新型コロナの特徴に適した体制を再構築してきた地域医療の姿だった。「重症者は人的資源、設備が整う大学病院や大病院が受け入れる。コロナを診察しないという病院は、別の疾患を受け入れてもらう。中等症や感染性が低くなった回復期の患者を受け入れる病院には、経済的な支援だけでなく、大学病院などの専門家が知見を出し、いざとなれば、人的支援もすると約束をする」(「こうして彼らは医療崩壊を防いだ」、ニューズウィーク日本版、三月二日)。
 石戸は「通常」の医療体制が崩壊していることを認める。しかし、通常とは「別の方法で医療を支えてきた人たち」がいることに注意を促す。第四波を防ぐにはワクチンだけでは十分ではなく、地域の医療機関が役割分担しながら連携する体制づくりが不可欠だ。すでに成功例は示されている。
(県立広島大学准教授・社会学・生命倫理)







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