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評者◆睡蓮みどり
幸せな悪夢の世界へようこそ――マックス・バーバコウ監督『パーム・スプリングス』、マイルズ・ジョリス=ペイラフィット監督『ドリームランド』
No.3490 ・ 2021年04月03日




■どんな言葉で形容したらマーゴット・ロビーの魅力が伝わるだろう。物書きであることをまるで放棄するような書き方になるが、一言「映画を観て」としか言いようがない。パッとどんな女優か思い浮かばなかったら是非検索して観てほしい。大きな瞳、大きな口、キリッと上がった眉毛、等々,容姿が美しいのは説明するまでもない。写真だけでも惚れ惚れする。そんなマーゴット・ロビーが動いている姿は、信じ難いほどに魅力的なのである。特に、ダークヒロインを演じる彼女は最高だ。
 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年、クエンティン・タランティーノ監督)で、ハリウッドが失った夢の女優シャロン・テートを可憐に蘇らせたのも同じくマーゴット・ロビーだったが、アメコミのダークヒーロー・ジョーカーの彼女ハーレイ・クインがこんなに見事にはまる女優は他にいないのではないだろうか。大物彼氏と別れて“ただの女”になってしまったその後を描いた『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』(2020年、キャシー・ヤン監督)では当然“ただの女”なんかではなく、最強(凶)のダークヒロインとしてゴッサムシティを疾走する。ハーレイは他の女性たちと結託してゴッサムシティの悪党どもと闘う。ゴッサムシティの悪党どもは男性社会の抑圧そのものだ。『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017年、クレイグ・ギレスピー監督)は実際に起こった事件に基づいた作品で、フィギュアスケーターのトーニャの型破りな人生を見事に演じている。翌年の『アニー・イン・ザ・ターミナル』(2018年、ヴォーン・スタイン監督)での裏表のあるウェイトレス役もそうだが、とにかくマーゴット・ロビーのダークヒロインっぷりの右に出るものはいない。素晴らしいのが、彼女自身がこれらのダークヒロインを描いた作品のプロデューサーでもあり、女優としての自分自身をも見事にプロデュースしていることだ。プロモーションとして主演を務めるのではなく、本当に彼女にしか無理だろうと思わせる凄みと貫禄のある女性たちを堂々と演じる。いろんなマーゴット・ロビーを見たいのは当然として、ぜひこの路線の彼女を一ファンとして見続けたい。また、新たな才能と積極的にタッグを組んで成功していることも、プロデューサーとしての彼女に注目する十分な理由になる。
 『ドリームランド』もまたダークヒロインとしての彼女の魅力を存分に味わうことができる映画だ。そして新人監督マイルズ・ジョリス=ペイラフィットとのタッグは映画の序盤から成功の風を運んでくる。1930年代のアメリカ・テキサス州。荒れ果てて作物もろくに育たず、しょっちゅう砂嵐に見舞われる“呪われた土地”に母と義父、義妹と4人で暮らす17歳の少年ユージン(フィン・コール)は物語世界のヒーローたちへの憧れを募らせている。そこに銀行強盗・幼女殺しの疑いで指名手配されていたアリソン(マーゴット・ロビー)が大怪我を負った状態でやってくる。アリソンはユージンにメキシコ逃亡への手助けを求め、ユージンは彼女を匿い、どうにかこの場所から脱出しようと試みる。メキシコはかつて、自分と母を捨てた実の父親が楽園だとポストカードに書いて送ってきた、まだ見ぬ夢の土地でもある。
 ただひたすら広くて何もない荒れ果てた土地では孤独の音がやたらと響く。踊り子が天使に見えるように、娼婦が女王に見えたように、昔の映画の登場人物たちにならって、ユージンには殺人事件の容疑者は女神に見えただろうか。いや、幻想や妄想の女ではない。ユージンがまだ経験が浅く、大人扱いされたい少年としての愛を渇望する。その事実よりももっと、どこか別の場所に連れていってくれるかもしれない現実の力強さを持った女性が目の前にいる。愛を求められていることに気づいたアリソンが告げる「私はあなたを愛さない」という意味の台詞は、あなたを愛してしまうかもしれない、という言葉の裏返しにも聞こえる。
 この逃亡劇が胸に残るのは、憧れと現実の生々しさが情熱的に迸る瞬間を目撃するからだろう。その音は荒野ではなく、安モーテルのバスタブに反響する。特にこのシーンの二人のやりとりは、息を飲んで釘付けになった。恋の駆け引きなどではない、もっとぎこちない、胸の底から絞り出すように溢れ出た言葉だ。派手さに頼ることなく始終静かな色気が漂う傑作。この春必見。

 続いての『パーム・スプリングス』も見逃せない一作だ。夢を見れば、ほぼ悪夢という自称「悪夢のプロ」の私でさえも、これは嫌だと思う悪夢とは何か。寝ても覚めても同じ日を永遠に生き続けること。これは辛い。以前、7日間連続で同じ夢を見たときは、おかしくなったのだと非常に怖かった。しかし、無限ループの世界を長年生きるナイルズ(アンディ・サムバーグ)からしてみれば、そんなものは甘すぎるに違いない。
 セレブたちが愛するロサンゼルスから車で2時間の砂漠のオアシス、パーム・スプリングス。そんな憧れの地での結婚式といえばさぞ華やかで楽しいに違いない、と思っていると、どこからともなく結婚式に不似合いな格好のナイルズが現れる。周りの人たちは何が起こっているかわからずにどよめく。ナイルズが眠るか死ぬかすると世界はリセットされ、また同じベッドで目が覚める。そして繰り返される結婚式は彼にとっては何回も見た光景になる。そんな無限ループの世界に迷い込んでしまったのが、新婦の異母姉妹の姉サラ(クリスティン・ミリオティ)だった。酔ってナイルズと一夜の関係を持とうとしたのがきっかけとなり、彼女もまた悪夢のような世界に引き引きずり込まれてしまう。最初はその状況が理解しがたいものの、しかし、どうせ寝ても覚めてもリセットされるのだからやりたい放題、二人はその状況を誰よりも楽しむ。
 人間は忘れるから生きていける。少なくとも私はそうだ。覚えているということは、決して楽なことばかりではない。また、相手が知らずに自分だけが知っているというのは身体に良くない。サラが知らなくてナイルズだけが知っている記憶は、たちまち秘密という毒になる。一線を越えずに楽しく友人として過ごしてきたはずの相手が、実はそうではなかったら? もし、恋をしてしまったら?
 家族からも問題児扱いされ、自分自身の行動にも嫌悪を感じていたサラの心は深く傷ついている。心の傷は時空を歪ませてしまう。思い出すことが苦しみになる。小さな古傷は、過去の嫌なことを時に自分にも追えないほど血のように噴出させる。そのくらい過去という魔物は恐ろしい。このループの日々を抜け出したいと願う女と、抜け出さずに文字通り好きな人と永遠に一緒にいられると望む男。時空の歪みと二人の願いのズレが見事に重なったとき、このスケールの小さくて壮大な物語は、幸せな悪夢の世界へと引きずり込んでくれる。
(女優・文筆家)







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