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評者◆福島亮
今、ハイチが熱い!――聞け、カリブ=世界の声を
No.3496 ・ 2021年05月22日




■今、ハイチが熱い! 気温の話ではない。ハイチから、ハイチ出身者の筆から、新たな声がどんどん湧き上がり、滾っているのだ。
 今すぐフランスの書店に行ってほしい。スイユ社から出たばかりの二冊の本がすぐに見つかるはずだ。一つはパトリック・シャモワゾーがこの四月に刊行した最新刊『語り部、夜、籠』だ。二〇二〇年にパリ政治学院でおこなわれた同名の連続講義、およびこれまで折に触れて作家が発信してきた文章をもとに構成された書物である。とはいえ、発表順に収録されているわけではまったくなく、単線的な論述がなされているわけでもない。そうではなく、螺旋を描くように複数の声が――いつの間にやら語りの声が分岐し迂回やら脱線やら想起やらをその語りの裡につめ込んでいたら一冊の本になってしまいましたと言わんばかりに――実際パリ政治学院での開講講演に様々なテクストを織り込む形でこの書物は構成されている――谺している。書くこと、言語、世界、カタストロフ、詩、美、傷、セゼール、グリッサン、そして感傷図書館。それらをめぐるこの書物の詩的意図を明確に要約するのは「思考し得ぬものへの礼賛」という言葉だろう。
 さて、この書物の横にもう一冊、見慣れぬ著者の本が並んでいるはずだ。同じくスイユ社からこの三月に刊行された、ネエミー・ピエール=ダオメイの小説『決闘』である。この著者こそ、本稿冒頭で述べた、新たな声を発する人たちの一人である。
 著者は一九八六年、ハイチで生まれた。『決闘』は著者の二冊目の小説である。二〇一七年に出された第一作『帰還者』はハイチ移民の生を描き出した現代小説であり、この作品で複数の賞を受賞した著者は、一躍ハイチ現代文学の若手有望作家として世に躍り出た。
 第二作『決闘』では、舞台を第一作から思いきり変え、一八四二年のハイチが舞台である。架空の人物に加え、実在の政治家など複数の登場人物が物語を織りなすのだが、中心となっているのは老年のムラート、リュドヴィックとバルタザールという腹違いの兄弟である。この二人の対立関係が本作の経糸をなす。政治的な駆け引きを含む登場人物たちのぶつかり合いは、小説内に登場する闘鶏によって表象される。
 ところでリュドヴィックは私設の学校を開いており、そこで村の子どもたちに教育を施している。この学校で学ぶ無口な少女アイダの物語が本作の緯糸をなす。母親の胎内にいる時から物語(コント)を聞かされて育ったアイダは不思議な力を持っている。かくして、独立後のハイチを舞台に、政治、教育、民衆知、信仰が入り混じった魅惑的な世界を作家は語る。
 ハイチから新たな書き手が生まれている。とはいえ、フランス本国や日本で、先行世代の作品がどれほど読まれてきたというのか。ハイチ出身の作家が行う文学創造の受容は、あまりに限定的ではなかったか。
 実際、フランス語で表現された文学の歴史の中でハイチ出身者がどれほど場を持っているかと言われると、返答は難しい。一八〇四年に独立したこの「世界で最初の黒人共和国」の文学が長らく知られてこなかった背景の一つとして――意外と思われるかもしれないが――ハイチで書かれる夥しい言葉たちが、ハイチ内部の出版機構にうまく収まってしまったことが挙げられる。古い情報ではあるが、「ハイチ文学」研究の大家ルイ=フランソワ・ホフマンが一九九二年に作成した書誌を参照すると、一八〇四年から一九八四年までに書かれたハイチ出身者の作品の多くが首都ポルトープランスで出版されていることがわかる。
 だが、新しい時代の頁は繰られている。薄暗がりの中に置き去りにされてきたあの女たち、あの男たちを、あたかもミシュレが『魔女』の中でやったように呼び覚まさねばならないと説いたのは、ハイチ出身の作家ヤニック・ラーンスである。二〇一五‐一六年度にコレージュ・ド・フランスで芸術創造講座を担当したコンゴ共和国出身の作家アラン・マバンクは「黒人文学――闇から光へ」と題して開講講義を行った。その記憶がまだ鮮明に残る二〇一八‐一九年度、同学のフランス語圏世界講座を担当したラーンスの開講講義の副題は、「書くことへの切迫、住まうことへの夢」というものだった。マバンクに続きラーンスに講座を依頼したコレージュ・ド・フランス――とりわけアントワーヌ・コンパニョン――の決断の歴史的意義については措くとして、フランス語圏と称される「外部」や「余白」を無視することなどもはや誰にもできはしない、ということをはっきり述べておこう。もちろん、近年のフランス語圏文学をめぐる文学場の地殻変動を一筋縄で語ることは不可能であり、それはカメルーン出身の作家レオノラ・ミアノが繰り返し指摘するところである。
 現代のハイチ出身者の作品を「地方性」といった手垢にまみれた言葉で片付けるのは間違いである。一方に先述のハイチ人の書き手の受容をめぐる地殻変動があるとしたら、他方にはハイチ出身の作家たちによる世界への開かれた態度があり、それはよく言われるような「地方性」などとはまったく違うものなのだ。
 過去、現在、未来が同時生起するような世界の複雑さに対し、鮮烈な声を届けるのは、たとえば詩人のジェームス・ノエル。一九七八年にハイチで生まれたこの若い詩人のデビューは二〇〇五年、『両刃の詩』と題された一冊の詩集だった。序文を寄せたのは「スピラリスム(螺旋主義)」で知られる詩人・小説家・画家のフランケティエンヌである。その後のノエルの活躍ぶりは目覚ましい。とりわけ二〇一五年にノエルが一人で編纂し、ポワン社から刊行した五〇〇頁をこえる『ハイチ現代詩アンソロジー』は、一九二六年生まれのルネ・ドゥペストルから一九九三年生まれのファビアン・シャルルまで七三名の詩人を集め、ハイチの詩的な声を轟かせた衝撃のアンソロジーである。
 そのノエルが去年(二〇二〇年)発表した最新の詩集は、私にとって一つの事件だった。タイトルは『ブレグジット』。「ブレグジットが俺をエキサイトさせる/信じられない/初めてだ/ネーションが窓から身を投げるなんて/オルガスムに満ち満ちて」と始まるこの詩集は、一見するとEU離脱へのアジテーションのようにも見える。だが、すぐさま「ブレグジットは/文学的現象だ」と詩人は宣言し、性的な迸りのごとく――実際詩人は、バイアグラとブレグジットの比較まで行う――詩の言葉を炸裂させる。「Brr Brr/ブレグジット/アイ/アヤヤイ/俺を掻き立てないで/やめろ/ストップ/Break」。この迸りが「地方性」などに収まらないことは明白だが、それは時事的な「現在」にも収まらない。未聞の現象を前にした、飽くなき感性の拡張がノエルの詩にはある。
 ハイチの若い世代による文学創造を急ぎ足でいくつかピックアップしてみた。これに対し次のような批判がありうるだろう。なんておめでたい! お前がやっていることはハイチの書き手が旧宗主国の首都にうまいこと接合された状況を消費者の立場から寿いでいるだけではないか。こんな冷笑的な批判だ。このような批判に欠けているのは、複雑な現実を単純化せずに受け止めようとする心構えである。事実、ハイチ出身者たちの文学がパリだけでなく、複数の中心地(たとえばケベックのハイチ系出版社メモワール・ダンクリエ社)によって支えられており、旧宗主国の首都だけに還元されない流通の仕方をしていることは強調しておくべきことだろう。またそれと連関して、これまで有名ではあっても手に取ることが難しかったハイチ出身者による文芸書が、ラヴァル大学(ケベック)のグループによって電子化され、現在進行形で無料公開されつつあることも無視できない(マクシミリアン・ラロッシュの著作のケースがそれである)。
 最後に、この点が最も重要なのだが、植民地的脈絡をもつ不均衡な文化的状況をどうにか変えようとするハイチ国内での動きがある。「シテ・ソレイユ図書館協働プロジェクト(KBSS)」はそのよい例である。ポルトープランスのシテ・ソレイユ地区は、低所得者が住まう地域として知られており、当然ながら住民図書館などなかった。また、二〇一〇年のハイチ地震は甚大な被害をこの地区に与えた。二〇一六年に発足したこのプロジェクトは、寄付を募り、シテ・ソレイユに住民図書館を建設することを目指すプロジェクトである。二〇一九年にはダニー・ラフェリエールが建設現場を訪問し、作家の手で一つのブロックが積まれた。
 ハイチ、フランス、ケベック、また合衆国(英語で執筆する作家エドウィージ・ダンティカのことを忘れてはならない)といった複数の中心を持つハイチから発せられる声の渦。その渦に今回少しだけ触れてみた。この渦の原動力は、ほかでもない、ハイチの人々である。作家と読者は生産者と消費者という関係に収まるものではない。KBSSが教えること、それは、文化はこの手で作るもの、この手の中にしかと握り、見知らぬ誰かと分かち持つべきものなのだ、という熱い信念である。
 カリブ=世界の声は、大学の片隅や専門家の書斎に鎮座しているものでもない(文学的な声はあらゆる瞬間の裡に塵のごとく遍在している)。そのことを教えてくれる奇跡のようなエピソードの一つを紹介して本稿を締めくくろう。
 それは、先にちらりと名前が出たフランケティエンヌのエピソードである。このエピソードは、『現代思想』一九九七年一月号「特集 クレオール」に掲載されたインタビューの中で語られる(渡辺諒訳)。一九九四年のある日、銀行から出て車に乗ろうとしていた書き手の背後で、女が叫び声をあげる――「蝿を見たい」。「それは私の作品『プランテット』の一文でした。ハイチではこのフレーズがフランケティエンヌなのです。(…)わたしは車に戻りました。アルファベットを知らないひとりの農民の女がわたしをそれと認めたのです。それこそ、わたしに起き得るもっとも美しい事柄です。」
(フランス語圏文学)







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