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評者◆殿島三紀
ほっと一息つけるフランス人情映画――監督 ピエール・ピノー『ローズメイカー 奇跡のバラ』
No.3498 ・ 2021年06月05日




■『クー!キン・ザ・ザ』『ブックセラーズ』『やすらぎの森』などを観た。
 奇妙なタイトルの『クー!キン・ザ・ザ』はゲオルギー・ダネリヤ+タチアナ・イリーナ監督作品。一昨年、ダネリヤ監督は肺炎のため88歳で亡くなり、本作が遺作となった。ソ連社会主義体制下での監督作品『不思議惑星キン・ザ・ザ』(86)のアニメ版だ。ダネリヤ監督自らアニメ化した本作は大きく変わりつつある現代ロシアを愛嬌のある描画でカリカチュアライズしている。“クー”と“キュー”の2つの言語しかなく、とんでもない身分制社会の不思議な惑星にワープしてしまった2人の地球人が繰り広げる珍妙なお話。え、この惑星ってロシアのこと?
 『ブックセラーズ』。D・W・ヤング監督作品。世界最大規模のニューヨークブックフェアの裏側からブックセラーたちの世界を捉えたドキュメンタリー。業界にこの人ありと言われるブックディーラー、書店主、コレクター、伝説の人物や、本を探し、本を売り、本を愛する個性豊かな人物が出演する他、ビル・ゲイツが史上最高額で競り落としたレオナルド・ダ・ヴィンチのレスター手稿、「不思議の国のアリス」のオリジナル原稿、「若草物語」の著者ルイザ・メイ・オルコットが偽名で執筆したパルプ小説という希少本も登場。本好きなら必見の映画である。
 『やすらぎの森』。ルイーズ・アルシャンボー監督。カナダ・ケベック州の深い森の奥にある湖のほとりで暮らす訳アリな世捨て人。彼らがそれぞれに小屋を建て、犬を飼い、気ままに暮らしているところに、これまた訳アリの80代の女性がやってきた……。ケベック州在住の作家ジョスリーヌ・ソシエが、16歳で精神科施設に強制収容されたおばに捧げ、カナダ人として初めてフランコフォニー五大陸賞を受けた小説を映画化したもの。良い映画だった。
 さて、今月の新作映画は『ローズメイカー 奇跡のバラ』。こんなご時世なのでフランスのバラ農園を舞台にした心温まる人情映画をご紹介しよう。監督は本作が長編映画第二作目のピエール・ピノー。バラ作りがフランスのお家芸であると知り、その魅惑の世界にのめり込んでしまった監督の撮った映画が本作だ。世界最高峰のバラ・コンクールに挑む頑固なバラ育種家の女性と世間から見放された3人が繰り広げるほのぼのとした人情物語である。
 溢れる才能で次々と新種のバラを開発し、数々の賞にも輝いてきたバラ園主人の前に大きな敵が現れた。それは金にあかせてのしあがってきた巨大バラ企業。儲けと会社の拡大しか頭にないその企業に、賞も顧客も奪われ、いまや父から受け継いだバラ園も風前のともしび。巨大企業は天才育種家である彼女の腕も狙っているのだ。そんな危機をなんとかしようと、バラ園の秘書が思いついた策が“格安”の人手を雇い入れること。やってきた“格安”の一人はタトゥをのぞかせた前科者。もう一人はなんとしても正社員になりたい移民の中年男。更には救いようのないほど内気な女子。その上、この3人はバラにも園芸にもド素人だった……。
 フランスがバラ作りの大国とは知らなかったが、香水大国であるならばさもありなんだろう。香水にバラの香りは必須だから(多分)。さて、香りを作り出すのに欠かせないのが香りを嗅ぎ分ける能力である。バラ園立て直し策のため、“格安”従業員に手伝わせてとんでもない計画を実行する主人公だが、そこでタトゥ男が思わぬ才能を発揮する。そのずば抜けた嗅覚!
 サスペンスフルな高まりの中で見せるこのシーンの後、物語は思わぬ展開をみせる。内気女子も中年男もそれぞれ力を発揮し、大団円へと向かうのだ。ハラハラさせながら、時に脱力させ、安堵の息を漏らさせ、涙まで流させるフランス人情もの。こんな時期にこそ楽しみたい映画である。
(フリーライター)







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