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評者◆殿島三紀
ワンテンポ早い彼女とワンテンポ遅い彼氏が出会ったら……?――監督 チェン・ユーシュン『1秒先の彼女』
No.3502 ・ 2021年07月03日




■『戦火のランナー』『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング』『犬は歌わない』など、今月はドキュメンタリーをたくさん観た。
 『戦火のランナー』はビル・ギャラガー監督作品。200万人が亡くなったスーダン内戦。悲惨な内戦の日々を経て、難民キャンプに保護され、16歳でアメリカに渡った南スーダン人グオル・マリアルの人生と2012年ロンドン五輪への軌跡をアニメと実写で記録したドキュメンタリー映画である。東京五輪をめぐる状況をグオルなら何と言うだろうか。
 『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング』。スー・ウィリアムズ監督。デニス・ホーはアジアを代表する歌手、香港のスーパースターだ。本作は彼女が“香港に自由を!”と闘い続ける姿を追ったドキュメンタリー。デニスは2014年雨傘運動に参加し、逮捕された。コンサートスポンサーが撤退するなど苦境に立たされながらも闘い、歌い続けるデニス・ホー。強い信念を持ち、絶望を希望に変えて闘い続けるその姿に感動する。
 『犬は歌わない』。監督・製作はエルザ・クレムザー、レヴィン・ペーター。1957年、モスクワの野良犬ライカはスプートニク2号で宇宙に旅立つ。だが、再び地球に戻ることはなかった。世界で初めて軌道飛行を果たした宇宙犬をモチーフにしたドキュメンタリー作品。50年代、宇宙開発に向けて実験を繰り返したソ連のスペース・ドッグ計画のアーカイブフィルムとモスクワの市内をうろつく犬の目線で撮影された映像から構成されている。無心な仔犬たちの瞳が観客を刺す……。
 つらい映画が続いてしまった。今月の新作映画はファンタジックなラブストーリーで行く。『熱帯魚』(95)や『ラブ ゴーゴー』(97)で台湾ニューシネマの異端児として注目されたチェン・ユーシュン監督の新作『1秒先の彼女』である。脚本も手がけ、昨年の第57回金馬奨(台湾アカデミー賞)では作品賞を含む5部門で受賞した。
 主人公は郵便局で働くアラサー女子・シャオチー。仕事も恋もパッとしない。この彼女、何もするにも人よりワンテンポ早く、写真では必ず目を閉じてしまうし、映画を観て笑うタイミングも人より早い。そんな彼女がハンサムなダンス講師と七夕前夜、翌日のデートの約束をするが、なんと! 目覚めると翌々日になっていた。七夕デートは一体どこに……?
 その鍵を握るのが毎日郵便局にやってくるバスの運転手。彼がまた何をやっても人よりワンテンポ遅いのだ。ワンテンポ早い彼女とワンテンポ遅い彼が出会うと、その生活にいかなる物理的な変化が訪れるか。そう、まさに物理的な時空変化としかいいようがない不思議なできごと。なるほど、ただのラブストーリーではない。
 台湾アカデミー賞で受賞した5部門は作品賞、監督賞、脚本賞、編集賞、視覚効果賞なのだが、視覚効果賞はもうその時空変化の表現を観れば頷くしかない。時空の謎の中でオロオロするシャオチー。だが、バスの運転手になった理由が「制限時速40キロで走ればいいから」というスローな彼氏がワンテンポ遅いその視点から語り始めると、もうひとつの世界が現れる。海の中の細い一本道を時速40キロで進むバスの俯瞰映像には和む。そして、ワンテンポ早い彼女がバレンタインデーを失くした謎も、おのずと解明されていくという仕掛け。なんとも幸せでほのぼのとした映画だ。そうそう、『アメリ』(01)をご覧になった方なら、自然に頬のゆるむあの幸福感を思い起こされることだろう。
 “時間”をテーマにしたラブストーリーだが、主人公の愛らしさとスローな運転手のおっとりした様子が南国台湾の癒し感に溢れ、慌ただしい日常とコロナによる緊張感を忘れさせてくれる。焦らず、ゆっくり生きるって大切なことだったんだとあらためて気づいた気がする。
(フリーライター)







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