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評者◆稲賀繁美
「書物史」から「情報史」への変貌過渡期を吟味する――日仏図書館情報学会編『書物史研究の日仏交流』(樹村房)に寄せて
No.3503 ・ 2021年07月10日




■現代社会が、情報流通や処理に関して、大きな過渡期を迎えていることは、衆目の一致するところだろう。蔡倫の発明という伝説に帰される紙は、情報伝達の主要媒体としての地位から脱落し、グーテンベルク以来500年にわたって情報保存と伝達の手段であった活版印刷術も、20世紀末には、技術的に電子媒体に座を譲った。それに連鎖して図書館業務も大変貌を遂げ、紙媒体印刷物の収蔵・閲覧施設としての図書館は、すでに昔日の遺物に等しい。
 日仏図書館情報学会は、創立50年を迎え、記念出版を企画した。その軌跡は、ここ半世紀の「大変貌」の生き証人であり、将来への課題をも胚胎している。まず、「在外和古書」。埋もれた遺産の再発掘からは、隠蔽されてきた歴史が再生する。肉筆も含めば、クリストフ・マルケの報告したカルティエ=ブレッソン旧蔵赤猫齋全然筆『鳥羽絵』絵巻の発見、ヴェロニック・ベランジェ報告の国立図書館蔵『酒飯論絵巻』写本研究、長谷川=ソーケル正子によるギメ東洋美術館蔵・アンリ・リヴィエール江戸期版本蒐集に言及がある。
 海を渡った書籍の流出・集積からは、関与した研究者や所蔵者の人間模様が浮かび上がり、個々の典籍が辿った経路からは流通の網目が見えてくる。初期の日本旅行者テオドール・デュレ旧蔵の摺物貼り込み帳が
ファン・ゴッホの藝術家共同体の夢を育んだ源泉のひとつではなかったか、とは筆者積年の仮説だが、収蔵遺品は「隠された真実」の意義を「蘇生」させるだろう。
 反対に洋書の日本への流入も、天草版や蘭学史の研究に不可欠である。従来ともすれば思想史や政治史では軽視されがちだった情報流通は、昨今の全球的「世界史」問い直しに貢献する。編者の故・安江明夫は『解体新書』の扉に小田野直武がそうとは気づかず、プランタン印刷工房のロゴの「コンパス」を忠実に転写していた事実を確認する。
 和蘭経由の本草書伝播と本草学の隆盛については、ルーヴァン大学と国際日本文化研究センターとの共催による研究書も刊行されている。按針とは「コンパス」の謂だが、昨年、没後400年を迎えた三浦按針ことウィリアム・アダムズ終焉の地、平戸と近傍の天草地域が改めて注目される。
 電子貨幣の流通になぜか抵抗を示す日本社会では、電子書籍化の遅延の陰で、電子情報網の活用に関しても、世界の趨勢の後塵を拝してきた。「出る杭を打つ」日本社会はInnovationに不向きな弱点を抱えるが、逆に電子化の技術革新が見逃す欠陥や、全球的情報網と裏腹の危険も亢進している。宣戦布告なきCyber戦争が国境線とは無縁に日々勃発する「ウェッブ・カルマ」(佐々木閑)の現代。
 だが墨と和紙には、代替不能な古の知恵が染み込んでいる。紙縒りへの書き込みや裏打ち紙にも情報は潜む。《鳥獣人物戯画》甲本では、破損箇所が来歴復元の鍵となった。欠損こそが遺産として継承に値する。
 折からパリで長年、手書きの和書文献カード作成に半生を捧げた専門司書、小杉恵子、松崎=プティマンジャン禎子・おふたりの訃報に接した。肉筆や仏教語彙の翻訳は、安易な電子化には馴染まぬ、高度な専門分野である。電子化による効率促進は、こうした特殊専門職の継承に裨益してこそ、将来に貢献する。かつてパリでお世話になったおふたりへの追悼も込めて、情報学の次世代に期待したい。

*森村悦子氏より情報提供頂き、また尾本圭子氏から「パリの図書館の同志たち」(『日仏図書館情報研究』No.44〔2020〕)の恵投を得た。関連する情報として『仏像図彙』の流通伝播に深く関与した事件、「海を渡った六百体の神仏:明治9年エミール・ギメが観た日本」(2003年作成)が、NHK・BSプレミアムで2021年6月8日に再・再放映の予定と聞く。

※日仏図書館情報学会編『書物史研究の日仏交流』(2・22刊、A5判234頁・本体3400円・樹村房)







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