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評者◆志村有弘
圧巻、波佐間義之の人の心の恐ろしさ、不条理な人間世界を描く二篇の小説(「季刊文科」、「九州作家」)――東延江の姑・嫁・娘三者の心の結び付きを悲しく、優しく綴る詩(「りんごの木」)
No.3507 ・ 2021年08月07日




■波佐間義之の小説二篇が見事な秀作。「僚友」(季刊文科第84号)は、「わたし」の友人のやりきれない人生を描く。「わたし」は、同じ高校を卒業し、Y製鉄所に入社した同期生の僚友・山名から、不貞を働いた妻と別れることにした、と告げられた。その山名が飲み屋で、カウンターを手で払ったとき、飛んだコップが店の女の額につき刺さり、警察に連行された。山名は会社に辞表を送った。山名の妻の遺体が洞海湾の海辺で発見され、二日後、洞海湾上に漂っている男の遺体が山名ではないかと、警察が調べていると報道された。山名の妻の不貞は、山名が千葉の出張所に半年間、行かされているあいだの出来事。山名は工場長から、半年間、出張所で勤め上げたら作業長候補に推薦すると言われ、休暇を取らず、休日も働いた。しかし、推薦されなかった。社会派小説を得意とする波佐間らしい作品。山名にのしかかる不運の連続。「(会社は)狐と狸が化かし合いを演じる血生臭い虚構の舞台」という文章も心に残る。
 同じく波佐間の「法殺考」(九州作家第134号)は、戦慄を覚える作品。八十五歳以上の寝たきり老人を安楽死させる法案が成立した。これは、老人にかかる費用が莫大なため、「国家救済の処置」という考えに拠る。病院長の陽介は「法殺」を「狂気」と思い、一方、病院の理事長や医師川西は法殺を行おうと考えている。法殺を行えば助成金が出る。院長は老人ホームなどから法殺該当の老人を勧誘し、自分の病院に連れ込もうと計画している。「命の尊さ」を第一とする陽介も、精神に異常をきたしたものか、無意識に洗脳されたものか、患者の春田コイの法殺執行届を法務省の出先機関へ送り、コイに安楽死の注射をうった。しかし、コイは死なずに目を開け、陽介は今度は自分の腕に注射針を刺したけれど、一命を取り止めた。作中、「この白い館は人間の心を失った国家認定の殺人工場になろうとしている」という文章がある。「白い館」とは病院のこと。「法」の名のもとに、人を殺して金を得ようとする人たち。陽介がコイを法殺する気になったのは、「彼の内部に得体の知れぬ魔が潜んでいた」のであろう。法、そして人の心の恐ろしさを考えさせられる作品。波佐間の優れた構想力、鋭い現実凝視の眼に驚嘆する。
 宮川行志の力作「崩落」(九州文學第575号)は、石造建築物文化史研究家の米田、米田の後妻淑子、前妻の子の共垂三者の悲劇を綴る。共垂はゲームに溺れ、不登校となり、癲癇の発作を起こし、淑子に性的な関心を示し出す。作品の最後で、発作を起こした共垂が米田・淑子の背中をつかんだまま転落し、三人は命を落とす。そのとき老朽化していた橋も崩落した。警察は事故死と断定したが、共垂が「ニャッと白い歯」を見せ、「落ちる時はみんな一緒に地獄行きだ」と「心のうちで呟いていた」という文章が事件の真相を示している。「崩落」とは橋の崩落だけでなく、家庭の崩落をも示している。聖書を作品の根底に置き、人間の幸・不幸、運命を考えさせられる、重く、辛い作品だ。
 秋田稔の「閑雲茶話」中の「レンズ」(探偵随想第138号)が、佳作の掌篇。「わたし」の少年時代の親友が持っていたレンズは人の死を見通す力を持っており、親友は池の河童から貰ったと語っていたという。こうしたことを、語り口調の名人芸で綴る。
 エッセーでは、盛厚三の「『文華』と『北国文化』の時代」(北方人第36号)が、小松伸六(文芸評論家・ドイツ文学者)の金沢時代の文学活動を詳細に記して貴重。難波田節子の「久保田正文先生を偲ぶ」(季刊文科第84号)は、文芸評論家久保田正文のそのおりおりの姿が生き生きと綴られており、久保田に対する畏敬の念、追慕の情が滲み出る。堀江朋子の遺稿「遣る瀬なく候――鎌倉・和賀の泊」(文芸復興第42号)は、序章で「鎌倉の日々を回想しながら、エッセイ風につづってみたい」と記しているが、堀江自身の鎌倉の思い出と共に、東北和賀氏のこと、源実朝の歌と心情を綴る草稿。西行の「命なりけり」という感慨とは別に、完成させてあげたかったという思いが胸に込みあげ、まことに「遣る瀬なく候」という気持ちになる。
 詩では、東延江の「母さん ゴメンネ」(りんごの木第57号)が悲しく、美しい。母さんと末息子の嫁との争い、嫁に謝れと言う末息子、「ワタシ 悪くない」と言う嫁。しかし、「ケンカをしてもすぐ仲なおり」をする家族。入院した母が電話で「退院したら/又 ケンカしようね」と言い、「オカアサン モウ ケンカやめようよ」と言うと、母は「アンタ ワタシの売るケンカ 買わないのかい」と返してきた。だが、「翌朝/母さんは昏睡/目ざめることはなかった」といい、「母さん/最後の電話/よかったね」と結ぶ。みんな優しい。登場人物それぞれの表情が印象的だ。東延江は人生の悲しさを優しく包み、読む者に深い感動を与える、見事な詩人だ。
 「革」第34号が池田栄子、「木木」第33号が藤崎伸太、「九州文學」第575号が中村弘行、「月刊ココア共和国」第14号が岡田幸文、「コールサック」第106号が若松丈太郎、「さて、」第9号が丹治久惠、「どうだん」第864号が永田のり子、「飛火」第60号が中野完二、「長良文学」第29号が寺町良夫、「文芸復興」第42号が堀江朋子、「未來」第832号が岡井隆の追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







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