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評者◆睡蓮みどり
どの現実を生きるか――林隆太監督『華のスミカ』、スザンヌ・ランドン監督『スザンヌ、16歳』、アミール・”クエストラブ”・トンプソン監督『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』
No.3509 ・ 2021年08月28日




■先日、夫のビザが取れた。もともと仕事用のビザはあったが、結婚を機に変更届を出した。炎天下、極力行きたくもない入国管理局に入るために並ぶ。コロナの影響ですぐには入れてもらえず、指定された時間に入らなければならないのに、オンライン予約をすることができない。誰だか知らない人に正式な夫婦と認められるために、どうやって出会ったのか、どんな間取りの家に住んで、どれくらい稼いでるのか等々、綿密に書類を書き上げて証明しなければならない。別件で行った区役所で、「1年のビザしか取らなかったの? 長いの申請すればいいのに」と言われた。取りたくても最初の年は1年しかもらえないのだ。へー、そうなんだ、と興味なさそうに区役所の人は言った。永住権を取るなんて本当にハードルが高い。フリーランスの人間にはなおさら高い。だけどビザがなければ、書面上は夫婦であっても一緒にはいられないのが現実なのだ。



 帰化して日本国籍を取得しても“日本人”になったと感じるわけではない。林隆太監督の父は言う。日本に暮らす中国人――華僑として生きる人々の姿をカメラは捉え、その歴史を紐解きながら映画はすすんでいく。
 ふたつの“中国”がある。「中華人民共和国」と「中華民国」。いわゆる大陸の中国と、台湾のことだ。思想の違いから別々の国になったが、両国でその認識は異なる。横浜中華街のなかにも「中華人民共和国」と「中華民国」が存在することを私は知らなかった。子供の頃から近くに暮らし親しんできた街とはいえ、恥ずかしながら実際は観光地としての側面しか知らなかったに等しい。ふたつの中国が同じ街に共存するまでの道のりは、決して易しいものではなかった。
 このドキュメンタリー映画『華のスミカ』は、15歳になるまで自分の父親が中国で生まれたことを知らなかったという華僑4世の監督自身のルーツを探す旅でもある。毛沢東を父親のような存在だと自然に思えることは、日本に生まれ育つと不思議な感覚であるに違いない。ましてや日本での報道は、中国という国に対して決して好意的ではない。それがあたりまえの世界で暮らしている。監督も「中国嫌いだった」と告白する。
 日本に暮らす大半の人は、自身の国籍を気にしないでやり過ごすことができるかもしれない。最近は、自分がいつか違う国籍になることもあるのかもしれないと考えるようになった。世界の分断が進んでいけば、パートナーと別々の国籍でいることが足枷になるかもしれないからだ。国籍が変わったとしても、そのとき私の意識が日本人でなくなるわけではないだろう。ルーツとは何か、疑いを持たない“日本人”にこそこの映画をぜひ見て欲しい。



 15歳のときに書きはじめた脚本を映画化したという『スザンヌ、16歳』。両親が有名俳優であり、ハイブランドのモデルとしても活動してきたスザンヌ・ランドンが19歳のときに監督、脚本、主演した本作は、カンヌオフィシャルセレクションにも選定された。
 早熟な16歳の少女にとっては、クラスメイトたちといても退屈な毎日。いつしか街で見かけた舞台俳優に夢中になっていく。みずみずしく、まばゆい瞬間が優しく映し出される。恋に憧れ、大人になる一歩手前の夢見る少女の物語としては微笑ましくもあり、かつて同じような心境でティーン時代を過ごしたことのある身としては、何とも懐かしく忘れがたい瞬間を垣間見る。
 一方で、いまの私はその微笑ましさだけで見ることはできなかった。16歳にほいほいいってしまう35歳の俳優というのは、いま33歳の私からするととても不気味に映る。このキャラクターが「幻想で作った男性像」だとしても、危険な男に見えてしまうのだ。この作品には過剰に性的なシーンもなければ、彼は決して彼女を傷つける存在としては描かれていない。むしろ彼女の居場所になりつつある大切な存在として描かれる。少女が嫌だと感じていないとしても、体を寄せてダンスをしているときに周りの大人が誰ひとりとして不可思議な目を向けることもないのは、「経験してみたいラブストーリー」であるにせよ、奇妙に感じてしまう。二人とも両思いという設定が何だかむず痒くて、客観性というか他の視点が入ってこないのが物足りなく感じた。
 この作品をただ少女の純粋な恋心として見られなくなった私は、何かが欠如した大人になってしまっているのだろうか。これをあと10年して見たら、監督自身は何と感じるのだろうか。そのときに彼女に聞いてみたい。



 1969年のニューヨーク・ハーレム。見渡す限り溢れんばかりの黒人たちが押し寄せ、音楽に熱狂する。30万人もの人が集まった「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」は、これまで放送されることもなく“ないもの”とされてきた。放送する価値がないと勝手に判断する人間がいたからだ。映画『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』でその映像を編集し、ついに50年の月日を経て公開される。
 しかし何とエネルギッシュでパワフルなのだろう。ニグロと呼ばれ虐げられ痛みを背負わされた人間の魂の叫びが、全身全霊で放たれる。19歳のスティービー・ワンダー、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、ニーナ・シモン「ヤング・ギフテッド・アンド・ブラック」and more。音楽のジャンルさえも超えてブラックパワーが炸裂する。
 自分に誇りを持つこと、気高く生きること。それは他者に対して差別的になることとは真逆のはずだ。大声で他人を貶めることでしか自分の存在をアピールできないのは最も格好の悪いことだ。恣意的な言葉や呼び名は暴力だ。差別するというのは平気で暴力を振るうということだ。
 このドキュメンタリー映画はただの記録ではなく闘いの証拠である。会場にいる人たちに漲るエネルギーに圧倒されながらも、現在進行形で起こっている腹立たしいニュースが頭を横切っていく。怒る気力さえなくしてしまう危機感を思う。このフェスティバルの最中に月に到達したアポロのニュースに対するコメントが頭から離れない。
 「無駄なカネ使って月なんか行きやがって」。
(女優・文筆家)







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