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評者◆殿島三紀
近くで行われていようと、地球の反対側で行われていようと、人権を侵害する現代の残虐行為に対しては敏感であれ――監督 エイリーク・スヴェンソン『ホロコーストの罪人』
No.3510 ・ 2021年09月04日




■『カウラは忘れない』『Summer of 85』等を観た。
 『カウラは忘れない』。監督は、前作『クワイ河に虹をかけた男』で旧日本軍の贖罪と和解に生涯を捧げた永瀬隆を取材した満田康弘。旧日本軍や旧日本軍兵士たちを描き続ける監督である。最初、カウラと聞き、なんのことだかわからなかった。オーストラリア・ニューサウスウェールズ州にある町だという。1944年8月5日深夜、その町の捕虜収容所で近代史上最大の捕虜脱走事件が起こった。本作は、事件の生存者たちが脱走決行に至る経緯や、その心に今も残る悔恨と負い目を語るドキュメンタリー映画。1104名もの日本兵が集団脱走し、234名が死亡した。荒野の田舎町の収容所からどこへ逃げようとしたのか。「生きて虜囚の辱めを受けず」。名も無い兵士たちと銃後の日本人を覆っていた空気感が浸みだしてくる。
 『Summer of 85』。フランソワ・オゾン監督作品。本作の原作「おれの墓で踊れ」は、夏の海で出会った16歳と18歳の少年たちの初めての恋と永遠の別れを描いたエイダン・チェンバーズの小説。この小説に17歳で出会った監督は、当時の感情を投影して本作を撮った。少年たちのひと夏の恋物語が、1985年ノルマンディの夏を舞台にノスタルジックに描き出されている。これまでのオゾン作品とは一味違う作品である。まばゆくはね返すような南仏の陽光ではなく、フランス北部の柔らかい夏の太陽が少年たちの激しいパトスを包み込む。
 さて、今月紹介する新作映画は『ホロコーストの罪人』。先月の『アウシュヴィッツ・レポート』に続く戦争ものである。冒頭の『カウラは忘れない』も「よくこんな事実が!」と思うが、本作もそうだ。ノルウェーに暮らすユダヤ人家族の悲劇的な運命を通じて、ノルウェー警察と一般市民がホロコーストに加担していた事実を描いた実話。警察車両とタクシーでユダヤ人たちをオスロの港に強制移送し、アウシュヴィッツ行きのドナウ号に乗船させた事件である。それから70年経った2012年、当時の首相は政府として初めて公式にこの事実を表明し、謝罪した。
 ノルウェー人監督エイリーク・スヴェンソンが本作を撮影したのは、この出来事について自分が無知であったことに気づいたから。自国民が行なった非道な行為に複雑な思いを抱き、これを映像化しなければ自分には映画を作り続ける意味がないのではないかと考えたからだ。北欧の国々は人権問題でも福祉でも他国に先んじているというイメージがある。4年前に公開された『ヒトラーに屈しなかった国王』は、ナチスに降伏を迫られたノルウェー国王ホーコン7世が、差し迫るナチスの恐怖の中、老齢の国王が決断を下す感動的な作品で、ノルウェーは被害者として描かれていた。
 もちろん歴史には表もあれば裏もあり、どちらから見るかによって見え方も違うし、「それが戦争でしょ?」という人もいよう。だが、戦争を知らない38歳の監督はノルウェー人にとっては恥ずべき歴史上のできごとを現在形で語ることを意識した。「自分たちの近くで行われていようと、遠い地球の反対側で行われていようと、私たちには人権を侵害する現代の残虐行為に対して敏感である責任がある」と監督は言う。ナチスの侵攻前までは普通に隣人として暮らしていたユダヤ人たちをアウシュヴィッツに送り込んだという自国ノルウェーの過去の罪を描いた本作は、賛否両論があったものの2020年のクリスマスに公開されると興行成績1位を記録した。
 事件の当事者たちは高齢となり、あるいは、もう生きてはいない。彼らは恥ずべき出来事や不都合な出来事を次世代に伝えようとはしなかったし、戦後生まれはそもそも何も知らない。それにしても戦後76年を経た今、知らされていなかった事実が続々と現れることは驚きではあるが、意味深いことだ。
(フリーライター)







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