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評者◆稲賀繁美
「わけのぼる麓の道は多けれど同じ高嶺の月をみるかな」――神智学の東漸と日本近代仏教の変貌とが織りなす、壮大なる霊的交流の渦巻――吉永進一著『神智学と仏教』(法藏館)を読む
No.3511 ・ 2021年09月11日




■横山大観に《迷児》(1902)と題する作品が知られる。薄明の闇に佇む幼児を老人たちが取り囲み、向かうべき途を諭している。孔子、老子、仏陀とともにイエスらしき人物も立ち交じる。世界の諸宗教が渾然と同居しているが、なぜこうした不思議な画像が生まれたのか。
 この時代、宗教や信仰を軸に、東西の両世界は劇的な交錯を果たした。本書はそこで長らく忘れられていた人物たちを次々と召喚する。焦点となるのは神智学と仏教。一方には「神智学協会」を結成したヘレナ・ブラヴァツキーとヘンリー・オルコットが探求した東洋の秘教。他方には基督教の世界制覇に対抗して海外布教への意欲をしめした近代日本の仏教界。洋の東西を跨ぐこの捩れた交錯の紡ぐ人脈からは、常識を覆す異貌の近代が姿を顕す。
 従来、この両者の交錯は見落とされがちだった。だが「東洋の神秘」は西欧覇権による東方の簒奪には限らず、新たな精神性模索の旅程であり、日本仏教の近代復興も欧化への追従や反発には留まらない。そのひとつの交点がシカゴ万国博覧会に併設された万国宗教会議(1893)。本書の著者は、この会合で英語を駆使し、東西宗教の融合を説いて絶賛を博した平井金三(きんざ・1859‐1916)にいち早く注目し、その履歴を発掘した。平井が忘れ去
られた要因のひとつは、現在の宗門や仏教学から遡行する枠組みには平井が収まらないためだろう。だが彼なくしては、オルコットの日本来日(1889)もなく、日本宗教学の祖・姉崎正治(1873‐1949)の登場も、成就しなかったはず。平井は北米宗教界にJapanismを齎した張本人、その総合主義Syntheticismにも世紀末が色濃く反映する。本稿の題に引く一休宗純の歌は、シカゴ万国宗教会議で喝采を浴びたヴィヴェカーナンダの「不二」advaitaにも通ずるが、平井が拳拳服膺し、鈴木大拙も復唱した。その大拙初期の英文著作、Outline of Mahayana Buddhism(1907)、大拙が和訳を拒んだこの『大乗仏教概論』(岩波文庫、佐々木閑・初訳、2016)も、この東西双方からの潮流の衝突の渦の最中に佇立する大著といってよい。
 シカゴ会議の余波で渡米したその大拙・鈴木貞太郎は、哲学者の西田幾多郎とも親友だが、西田の『善の研究』における純粋経験への関心、大拙後年の「日本的霊性」への注目も、神智学の汎球的ネットワークの上で発生/派生した現象として再解釈できるだろう。本書はそれ以上には踏み込まないが、その下地となる濃密な人間関係を、「明治期日本の知識人と神智学」、明治20年代の「仏教ネットワーク」に焦点をあわせ、一次資料に密着しつつ縦横に賦活する。大正時代となればジェイムズ・カズンズと柳宗悦、ポール・リシャール/ミラ・アルファーサ夫妻と大川周明、リード・ビーターと今武平/東光親子など、多岐にわたる霊性文化の人脈・水脈が見え隠れし、大本教や天理教とも脈絡を結んでゆく。
 ハイデルベルクでは2015年に神智学研究の国際学会が開催された。評者も門外漢ながら招待されたが、そこに吉永進一の姿があった。質疑応答となると、吉永の口からは、秘蔵の未刊行原資料の所在から、今や忘れられた異才たちの人間関係に至る詳細な情報が、無尽蔵に流れ出す――飾ることなく訥々とした口調で、メモひとつ見ることもなく。神智学と日本との関係において、余人の追随を許さぬその該博な学識は、宴席に移っても留まるところを知らず、世界から集った専門家たちが、文字通り聞き惚れ、そして圧倒されていた。欧米の研究への吉永の通暁ぶり、彼に寄せられる国際的信頼のほどは、本書序説や碧海寿広の解題にも歴然。本書に高密度に盛られた情報は、吉永の薀蓄の、まだほんの片鱗に過ぎないはずだ。その吉永の本復を祈念する。

*吉永進一著『神智学と仏教』7・25刊、四六判378頁・本体4000円・法藏館







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