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評者◆凪一木
その111 サイコパスを追い出した男
No.3512 ・ 2021年09月18日




■遂にSビルサービスとの団体交渉にまで突入した。だが、この闘いはかなり手強いことに、だんだんと気付くことになる。
 被害者の側なのに、主張に嘘がないかを証明する側となっていく。
 パワハラについて、「言った、言わない」のトラブルを避けるため、録音やメモを残しておかねば、所長は白ばっくれるか、嘘をつく。もちろん悪意をもってわざとやっているのだが、その悪の理由とはいったい何なのか。自己保身か、権力を持つ側のただの遊戯のようなものなのか。「そんなつもりでは言っていない」「聞かれてないから説明しなかっただけだ」。
 そもそも、パワハラをする人間のほうが「まず第一に悪いのだ」ということを、判例のような、憲法のような「柱」として、定着させていくしかない。
 労働がたとえ美徳でも、家畜や奴隷作業は、その中には含まれない。実害がその中に含まれる以上は対価とはなり得ない。売春や臓器売買をしているわけではない。
 本日朝も、部下のミスを見つけて「わざと間違えたのか」と、所長は私に怒鳴ってきた。
 隊長ほか少なくとも私を含め六人は聞いている。
 「わざと間違えたのか」
 そんな人間がいるか。
 今までと同じ能力の人間が、新たにミスをする。しかも三人揃って。これは、これまでとシステムが変わったからだと考えても仕方がないだろう。強引に変えたのは所長であり、それも、そのやり方をなぜ変えるのかも説明せず、そんな改悪のようなことをして、前よりやりづらいと、少なくとも指摘は皆していたのだ。
 「わざと間違えたのか」ではなく、もしかしたら「わざと間違えさせたのか」と、勘ぐりたくもなる。元電気屋の長老のようなT工業で一番の新入社員がいる。長老さんは、チェックシートを作ると申し出たが、そんな「おべっかを使う」必要など無いだろう。今までのやり方に戻せばいいだけの話だ。
 それに、ミスというほどのものではなく、まして怒鳴るような話ではない。何しろ、まだ記入前の話なのだから。カッとなると抑えが効かない八時半男。
 ことの中身を少し説明すると、メーターの表に、映画のセカンド助監督が持つカチンコみたいな板を付けて、そこにメーターの数字を書いて一緒に写真を撮れ、という指示を出してきた。その板に書いた数字が違うというだけのことで、鬼の首でも取ったような騒ぎ方をしてきたのだ。
 いつもそうなのだが、ビル管はやることがないから、茶番劇を敢えて演出して、防災センターや中央監視室を、劇団四季やオペラのような巨大劇場化することが多い。ただし、登場人物の入れ替わりがあまりにも激しく、主役だけがいつも同じ見栄を切り、その保証をしているのはいったい誰なのか、早くメスを入れて、この業界の業態を変えていかなければ、早晩大変なことになるだろう。
 なんであんなカチンコ板を敢えてつけたのか。今まで無かったのだから、そのままで良いはずだ。後で数字を読むために写真を撮っているわけで、下手にそんな手間暇をなぜ掛けたのかと言えば、前所長までが行ってきたダブルチェックを自分が「やらない」
ためなのだ。手抜きのために作った。これまで不都合も問題もなくやってきたことをわざわざ変更したその理由を説明せず、しかも、ダブルチェックで今、数字の違いを発見しているわけだからミスの前段階だろう。
 それをお前たち三人が悪い。マーシーの伝え方が悪いと騒ぐ。
 「システムをこのまま変えず、実力も同じ人間がまた来月もやるなら、またミスをするかもしれないですよ。ただ気を付けろってことですか?」と私が質問したら、返す言葉もなく黙っていた。ミスをしかねない「記入」(板にメモするのを記録とは言わないだろう)という余計な作業を、なぜ増やすのか。
 「わざと間違えたのか」という言葉は上に立つ人間の言葉ではない。穏やかに物言いすることができない。ミニK、樵さん、ボストン、私、設備の三島、かつていたゲンさん、それに最古透もまた、八時半の男に「パワハラ」されている。マーシーのいうように、「病」が治らないのかもしれない。言いたくはないが、育ちの問題。愛されてこなかったことにより、人を信用できないのであろう。
 ただ最古透の場合は、八時半と病院現場でトラブったと言うが、最古の罠ではなかったか。「パワハラだ」と騒いで最古透が電気室に閉じ籠り、結局最古の方が、現場を異動することで落着した。八時半は、「Sビルサービスの現場では最古を永遠に働けないように俺がした」と語っていた。しかしこのビルに生息していたではないか。それも七年間も。ここはSビルサービスの現場だ。
 また八時半の男は、PCR検査において、結果が出ていない元電気屋の長老について虚偽報告をした。初めは「設備の三島」に、「(PCRを)受けないんだったら会社に来るな」と、受診の自由さえ奪って、それが元で抗議文となった。いつも既成事実の積み上げのごとく、なし崩し的に、全く私と三島とには情報を知らせない。
 ところで、笑ってしまう話だが、私のほかに、匿名の会社批判文が届き、さらに、「設備の三島」が抗議文を書留で郵送し、そしてさらに何通も八時半宛に、怪文書が届いていたというのである。
 その内容についてだが、どうやらSM仲間による痴話喧嘩なのだ。ハガキなので、裏にSMの大写しの絵があって、現場の皆に証拠写真を撮られている。表には、こんな文章が旧字体の直筆で書いてある。
 〈前回迄四回に亘り、SM研究家世田谷一氏を紹介しましたね。(中略)今回紹介するのは、『SMマガジン』昭和52年11月号(コバルト社)に於ける荒川作品です。(中略)私はマゾなのですが、高校生の時、この凄味のあるSM書を見て欲情しました。〉
 この情報を聞いた誰もがしかし驚くことはなかった、あまりにも意外性がなかったのだ。八時半の男ならば、SMぐらい手を染めていても何の不思議はない。そして実際に、どうやらその通りであった。
 元同僚の、あの結婚相談所男(いまだに結婚できていない)に、私は訊いてみた。今は八時半と同じSビルサービスに入社し、しかし八時半とは面識のない男だ。八時半の社内での評判はいったいどうなのか。そうしたら、以下のメールが返ってきた。
 〈以前、会社のパソコンに自分のいかがわしい写真を保存してたり、清掃員さんにセクハラしてたりとか、そういう話は聞きました。〉
 サイコパスの次のトラブルメーカーは、同じSでも、そっちであったか。
 やはり前途多難。Sビルサービス恐るべしである。
(建築物管理)







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