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評者◆殿島三紀
市民、報道は常に権力を監視していなければならない――監督 アレクサンダー・ナナウ『コレクティブ 国家の嘘』
No.3514 ・ 2021年10月09日




■今月は『アナザーラウンド』『浜の朝日の嘘つきどもと』『ミッドナイト・トラベラー』などを観た。
 『アナザーラウンド』。トマス・ヴィンターべア監督作品。仕事や家庭にそれぞれに問題を抱えて気の晴れないデンマークの高校教師4人がある実験を思いつく。ノルウェー人哲学者フィン・スコルドゥールが提唱した「血中アルコール濃度を0・05%に保つと仕事の能率が上がり、想像力も豊かになる」という理論を証明する実験だ。飲酒するのは勤務中のみ、ヘミングウェイと同じく夜8時以降と週末は禁酒。酒飲みとは飲む理由を正当化するためにあれこれ考え出すものだが、果たしてその結末は?
 『浜の朝日の嘘つきどもと』。タナダユキ監督作品。福島県南相馬郡にある実在の映画館・朝日座。東日本大震災を乗り越え、100年近く続いてきた映画館も閉館を迎えようとしていた。そこへ乗り込んできた若い女性。彼女と映画館主、町の人々の間に繰り広げられる人情噺的展開の映画だ。思い出深い映画館は誰にでもある。だから、映画館を舞台にした映画は多い。あの『ニュー・シネマ・パラダイス』で号泣してしまうのも共通の思い出があるからかも。本作に登場する朝日座も南相馬の人々にとってのニュー・シネマ・パラダイスだったのだろう。原発事故以後、南相馬を舞台にしてクスッと笑える映画が初めて登場した。
 『ミッドナイト・トラベラー』。ハッサン・ファジリ監督。2021年8月31日、米軍のアフガニスタン撤退が完了する。だが、この2週間も前に首都カブールはタリバンによって制圧されていた。今から6年前、監督が制作したアフガンの平和に関するドキュメンタリーが国営放送で流されると、その内容に立腹したタリバンによって出演者が殺害され、監督にも身の危険が迫った。本作は、彼が家族と共にアフガニスタンからヨーロッパまでの逃避行を3台のスマホで記録したセルフドキュメンタリー映画。この時期まさにタイムリーな作品である。
 今回紹介する新作映画は『コレクティブ 国家の嘘』。チャウシェスク大統領夫妻の処刑とドラキュラしか思い浮かばない位、なじみの薄い国ルーマニアのアレクサンダー・ナナウ監督の作品。「これは劇映画?」と目を疑うドキュメンタリー作品だった。被写体と共存するような画面構成やカメラの位置。そして、内容も社会派サスペンス映画とでも呼びたいもの。ルーマニア映画への認識が改められる。
 2015年、ルーマニアの首都・ブカレストの「コレクティブ」というクラブで死者27名、負傷者180名を出す火災事故が起きた。負傷者たちは病院に搬送されたが、本来、助かった筈の彼らがその後、数か月間に入院先の複数の病院で次々に死亡。火災による死者は64名にまで膨れ上がった。この若者たちの死の背景に斬りこんだのがスポーツ紙「ガゼタ・スポルトゥリロル」の編集者たちである。カメラの眼は彼らに密着するが、一人の医師の内部告発から驚くべき事実が明らかに。それは街頭を埋め尽くす怒れる市民の抗議行動を惹き起こし、その結果、内閣は総辞職。新たな保健相が登場した。彼は、編集者たちによって暴かれた製薬会社と病院経営者と政府関係者との黒い癒着の解決に向け、動き出す。
 まるでウォーターゲート事件を題材にした『大統領の陰謀』(76)のような劇的な展開。メディアはここまで腐った権力を追求できるし、市民は怒りの声を上げることができる。そして、政治家にも良い人がいる――。当たり前でなければならないが、なかなか困難な一連のできごとを緊迫感と小気味よさで見せる作品。悲しいことに選挙は思い通りにはならないという結末だが。
 チェウシェスク独裁政権が崩壊し、体制は変わったルーマニアだが、悪い奴はいつだっているものだ。
(フリーライター)







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