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評者◆志村有弘
戦国期を舞台とする力作、豊岡靖子の「細川ガラシャ」(「あべの文学」)と小泊有希の「錯乱」(「九州文學」)――鋭い自己凝視と虚無の淵をさまよう石川幸雄の短歌(「晴詠」)
No.3518 ・ 2021年11月06日




■戦国期を舞台とする作品では、豊岡靖子の「細川ガラシャ」(あべの文学第32号)が力作。明智光秀が織田信長を弑したことで、「大逆人の娘」となった玉(細川忠興の妻)の三十八年の生涯を綴る。玉は侍女からデウスの存在を聞いて受洗し、ガラシャという洗礼名を受けたが、忠興は激怒する。玉の家の手伝い・於霜の言動も印象的だ。
 小泊有希の「錯乱」(九州文學第576号)も戦国期を舞台とする歴史小説。大友宗麟は、毛利軍との門司城奪還戦に敗れ、精神に異常をきたした。錯乱した宗麟を案ずる妻の由布や戸次鑑連。また、妙(鑑興の嫁)の機敏な動きも読ませる作品に仕上げている。豊後の歴史小説を得意とする小泊ならではの作品。
 K・ドリーの「よみのほそ道」(スクランブル第41号)が、松尾芭蕉の少年期から晩年までを描く。京の寺で苦悶の生活を送り、江戸に出て俳諧師として大成し、死を覚悟しているかに見える芭蕉が、門人たちに見送られ、芭蕉庵から出立するまでを綴る。そのおりおりの芭蕉の心情が、豊富な語彙、品格のある文章で綴られる。時にユーモア(洒脱というべきか)も示され、「奥の細道」を踏まえた「よみの細道」という題名も巧み。
 現代小説では、難波田節子の「丘の上の住人」(遠近第77号)が、深く心に残った。枝里子(作品の語り手)の姉の貴子は、枝里子が幼いときに他界していた。その貴子の出生に関する疑惑(祖父の子? 父の子?)について、枝里子は「どちらでもいい」と語る。本当は大きな事件なのだが、こうしたことを省筆し、さりげなく書き進ませるのも、難波田の優れた技量。枝里子の本田誠への思いも美しい旋律を奏でる。川のこちら側(住宅街)と向こう側(高台)という舞台設定も作者の練りに練った構想の一部を示す。
 エッセーでは、牛島富美二の「火野葦平短歌一首の謎」(仙台文学第98号)が、葦平の「命十五首」中の一首「防人のかなしき命つみゆかば大和島根は巌のごとし」を視座として、とりわけ「かなしき命」の意味を考究し、「全体主義、軍国主義への警鐘を密かに鳴らしたのだと思いたい」と述べる。また、牛島は同誌同号に「幸田露伴詩一篇の謎」で「山中雨後」における杜牧漢詩の投影等を指摘しており、なるほどと思う。安部真理子の労作「御伽草子拾遺(二)河童の手」(谺第101号)が、河童伝説を文献・伝承等あらゆる角度から詳細に考察。柳田國男・折口信夫はもとより現代の研究者の説、ゆかりの寺を探訪するなど、丹念な研究姿勢に敬服。
 詩では、麻生直子の「ピリカ レラ」(潮流詩派第266号)が、見事。「釧路の千代ノ浦の家の前で/お母さんの傍に立っている/ワンピース姿の女の子の細い細い肢」という書き出し。その女の子は「幼いころのわたしの写真」と「そっくり」で、その子の歌声は「あなたの亡き後に CDから再生され」と記し、アイヌ民謡「ピリカ ピリカ タントシリ ピリカ……」を挿入し、「清らかな小鳥のような歌声が/ピリカ レラ ピリカ レラ/美しい風のことばになって/湖面を波打つ」と結ぶ。この詩に詠まれている「女の子」とは詩人・アイヌ文様の刺繍家・チカップ美恵子。『チカップ美恵子の世界』(北海道新聞社、二〇一一年)に、美恵子の母ふでと六歳の美恵子が阿寒湖畔で撮影した写真が掲載されている。麻生と植村佳弘が編んだ『アイヌ・母のうた』(現代書館、二〇一二年)には、ふで・美恵子の歌う「ピリカピリカ」の歌などを含むCDが付されている。しかし、麻生のこの詩は美しさの反面、なぜか悲しく心に響く。
 徳沢愛子の「金沢方言詩 バラの心」(笛第296号)は、「あの頃」、息子たちの子育てはすべて「命令」で「あれせんかいね 早うらと/これせんかいね 早うらと/それせんかいね 早うらと」と言うのだが、小学生までは「全員統制がとれていた」といい、その「命令」は「愛情の発露」であったという。それから四十年、息子たちは「あれやめんか 出しゃばらんと/これやめんか 出しゃばらんと/それやめんか 出しゃばらんと」と、「よれよれ」の「母親の私」に「命令する」。そうして、どうであれ「男はほんまに 愛想んなかった」と振り返る。最後に、「幕の向こうの父母に」「バラの赤さ」だけを「あげてたつもりやったけど」「ちんこいトゲ」もいくつか「私に見つけたにちがいない」と綴る。「バラの赤さ」とは愛情。ユーモアをも歌い込んだ、いい詩である。家族の愛とはこうしたものであろう。同じく「笛」掲載の中谷泰士の「菊川町開き」は、少年期の自分や友の姿を思い、「小学校を思いだす中学生の私/もう定年を迎えようとする私/今も それほど変わっていないような気がするのです」と結ぶ。詩人の純真無垢、心の優しさが滲み出る作品である。
 短歌では、石川幸雄が「晴詠」第9号で、「人のためわがため明日を生きるなどもう十分だもうたくさんだ」という諦念と虚無の淵をさまよう心境を詠み、「無と空」と題し「はじめから狂っていたから夢は見ず誓いは立てず希望を言わず」という歌も見える。
 「越境広場」第9号が崎原盛秀と中里友豪、「溯行」第136号が宮沢千賀、「どうだん」第866号が相川不二也、「民主文学」第672号が水野昌雄、「吉村昭研究」第55号が桂川潤の追悼号、御冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







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