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評者◆睡蓮みどり
女優ミムジー・ファーマーに惚れた――ミムジー・ファーマー主演、バーベット・シュローダー監督『MORE/モア』、ミムジー・ファーマー主演、ジョルジュ・ロートネル監督『渚の果てにこの愛を』、アレハンドロ・ランデス監督『MONOS 猿と呼ばれし者たち』
No.3518 ・ 2021年11月06日




■ギャスパー・ノエにインタビューをする機会があった。20年前の自身の映画を再編集し直した『アレックス STRAIGHT CUT』についてである。私はギャスパー・ノエの世界が好きなのである。楽しみであると同時に、どこかでインタビューするのが怖かった。作品の評価と人物的な評価とは分けて考えるべきだという考え方もあるが、私はそれは無理だと思っている。レイシストもミソジニストも幼児性愛者も、許し難い。作品を愛することができない。そういった情報がないときは好きだった作品も、違うものに見えてしまう。かつて一瞬は好きだった相手でも、ミソジニストだったとわかった瞬間から別の人間に見えて、好きになることは永遠にない。一度惚れられたら一生好きなはず、と思われることがあるが、とんだ間違いだ。たったひとつの側面で、一瞬にして好きが嫌いに変わることがある。そしてそれが戻ることはない。
 ギャスパー・ノエの作品にどれだけインモラルなことが描かれていても、彼がインモラルな人間であるということにはならない。暴力的なシーンを撮るのがうまい監督が暴
力的な人間であるわけではないのと同じだ。とはいえ、レイプシーンや妊婦への暴行等のイメージを映像化してしまう(それもとても生々しく)ことにはどんな意味があるのか、男性性への恐れが彼を支配していることを聞けたのは非常に興味深かった。インタビューはネット上で公開されているので(「FRIDAYデジタル」)、よかったらぜひ。

 非常に面白い映画が公開される。『MORE/モア』と『渚の果てにこの愛を』の2本だ。監督はそれぞれ別だが、両作ともアメリカ人女優ミムジー・ファーマーが主演。
 『MORE/モア』はヘロインで身を滅ぼしていく男と、男をその世界に導く女の物語だ。ヒッピーのパーティでステファンはミムジー・ファーマー演じるエステルに一目惚れする。「あいつはやめとけ」と男友達に言われるものの、惚れてしまったら最後、聞くわけもなく、沼にはまったようにエステルに執着していく。おそらくは恋愛経験に乏しいステファン。自分が愛した分、同じように返して欲しいと思っているらしい。思い通りにならないことにわがままになり、束縛しようとしたり怒鳴ったりと非常にうざったい言動をくり返す。
 この物語は恋愛の云々ではなく、本質は「何かに取り憑かれる」ということにあるのかもしれない。最初はエステルに、そしてヘロインに取り憑かれていく。エステルは女神の顔をした死神なのである。
 途中までは、子どもじみたステファンの態度にイライラしていたにもかかわらず、こんなにもボロボロボになるのはさすがにかわいそうだと同情してしまうくらいだ。ピンク・フロイドのダウナーなメロディがさらにあっち側の世界へと誘引する。そしてこの映画が進行していくとともに、一緒に疲弊していくわけなのだが、思い出すのはミムジー・ファーマーの悪戯っぽい笑顔なのである。

 『MORE/モア』での人気から、さらなるミムジー・ファーマーの主演作が続く。『渚の果てにこの愛を』も音楽
も最高で、冒頭から瞬時に「この映画が好き」と直感する。ある日、若い旅人のジョナスは、荒野の中にぽつんと立つガソリンスタンド兼食堂を経営する家に立ち寄り、喉の渇きを潤していた。その女主人はジョナスのことをロッキーと呼ぶ。どうやら家出して帰ってこない自分の息子だと思い込んでいるらしい。そこに現れるのがミムジー・ファーマー演じるロッキーの妹ビリーである。ビリーまでもがジョナスのことを「兄さん」と呼ぶ。兄役ロッキーを背負わされたジョナスはしかし、突然に他人の家族の物語の中に放り込まれてしまい、とまどいながらなんとか役を演じようとする。なぜ兄が帰らないのか、なぜ兄でないと知りつつ妹のふりを続けるのか。謎解きと愛の物語がはじまる。
 ミムジー・ファーマーが画面に登場した瞬間に、おそらく主人公は彼女のことが好きになるのだろうなと予測がつく。どんな酷い仕打ちを受けても、それでいいと思ってしまう、まさに愛の奴隷。兄の代用品であろうと、たとえ人殺しであろうと、薬物中毒者であろうと、それでもいいから彼女と一緒にいたいと思わせてしまうおそるべき吸引力を持つミムジー・ファーマー。彼女はいつでも映画の中で女王様のようにトップに君臨している。他の登場人物たちと対等ではないのだ。物語の中で男たちの善悪の判断は完全に失われる。そんなものはどうだっていいのだ。ちょっとした仕草や表情が魅力的なのはもちろん、じりじりと太陽が肌を焦がしてゆく痛みさえ快楽に変えてしまう。
 ミムジー・ファーマーはダリオ・アルジェントの『4匹の蝿』(71)しか見たことがなかった。彼女に惚れて身を滅ぼしてゆく映画の中の男たちと同様に、私もいまやすっかり虜である。現在は女優業をやめ、アーティストとして活動しているという。この秋、映画館で必見の特集である。

 『MONOS 猿と呼ばれし者たち』を見て、これは戦争映画なのだろうかと考える。ゲリラ戦の組織として生きる少年少女たちのコードネームはMONOS(猿たち)。山岳地帯で“生きる”ことを頂点にした日々。サバイバルゲームと呼ぶにはあまりにも過酷な日常だ。ストーリーというストーリーがあるわけではなく、ただ生き残ることに執着し暴走していくMONOS。
 太平洋戦争終結後も終戦を信じずにフィリピン・ルバング島で戦い続けていた実在の人物・小野田寛郎旧陸軍少尉を描いた『ONODA 一万夜を越えて』を見ても同じことを思った。自分の生命が脅かされそうになれば、人も殺してしまう。その精神状態が平常のものではないとは想像できる。戦争という巨大な恐怖を前に人を思考停止状態にする。だから、面白いストーリーなんてものを期待する方がおかしいのかもしれない。あえてこのような言い方をするが、生きることにばかり執着して、善悪の彼岸にいる人間は恐ろしく“バカ”に見える。「猿と呼ばれし者たち」って酷い呼び方だなーと思っていたけれど、人間でなく動物的な生き物になってしまうのを目の当たりにすること、これはつくづく怖いことだ。誰が誰だか区別がつかないような、少年少女たちの生への欲求は決して美しいものだけが映っているわけではなく、思い返せば思い返すほど恐ろしい映画であった。
(女優・文筆家)







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