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評者◆稲賀繁美
動物愛護から動物福祉さらに動物権利の彼岸へ?――人間と動物の関係を問い直すことから、いかに「人間解放」は可能となるのか?
No.3522 ・ 2021年12月04日




■かつて「動物愛護」の訳語を当てられていたanimal welfareは、近年では「動物福祉」に置き換えられつつある。「愛護」は漢語ではなく、あくまで欧米語の訳語だが、「動物愛護週間」が実施されたのは、米国軍占領下の1951年。背後にはGHQからの指令があった。
 英語のwelfareはフランス語では文脈によってbien etre「安寧」とaide sociale「社会扶助」に分岐する。後者はドイツ語ならSoziale Fursorgeすなわち社会福祉(事業)を意味し、Sorgeは「気遣い」から派生する。ドイツ語の「安寧」はbien etreを直訳するならWohlseinだろうが、むしろWohlgehenのほうが一般には通りがよい。Wohlfahrtといえば、普通一般に「福祉」あるいは「福利厚生」を意味する。Fahrtは「進行」あるいは「乗り物に乗った移動」だが、英語のWelfareのfareは「運賃」あるいは「料金」に語源をもつ。いわば安寧を確保し維持する行程の必要経費、あるいはそれで保証される「進行状態」を指す、といってよい。とりわけ北米でwelfareといえば、「財政的な支援」という語感が強い、とされる。
 9月15日「老人の日」が「敬老の日」に変更されたのは1966年。老人福祉法(1963年制定)の改正に伴う呼称変更だった。そこには儒教的な精神の残滓が感じられる。「動物愛護」は許されたが、「老人愛護」ではNGだったのだろう。日本での「福祉元年」は、70歳以上の医療無償化が導入された1973年とされる。まだ視野に入っていなかった「老人介護」は、1997年の介護保険法成立以降(2000年施行)、法律用語として社会に浸透した新語のはず。
 以上の背景をお浚いすれば、「動物福祉」という用語は、従来「人間」に限定されていた適用対象の範囲を「動物」にまで拡大した措置、と理解できる。「福祉」行政は、納税者たる成年が、それ以下の若年層や、それを超えた老年層という、自分の過去あるいは将来への「配慮」を巡らす施策として理解できる。社会的な慈善事業の側面とともに、社会全体の功利的な秩序維持・更新に避けがたい必要経費が予算上確保された、という見方も必要だろう。
 だが同じ「福祉」概念を動物に広げる倫理的根拠はどこにあるのか。「動物の権利」なるものを、ヒトが一方的に動物たちに「付与」するという態度には、旧態依然たる人間中心主義、さらには優位に立つ健常者の奢り、善意の押し付けによる罪障感の回避、良心の呵責の転嫁という手前勝手が透けて見える。愛玩動物はとにかく、家畜や食肉材料となる動物たちからみれば、「動物愛護」にせよ「動物福祉」にせよ、「動物の権利」にせよ、自分たちの生殺与奪の権能を独占した異常なる動物種による、ご都合主義の「おためごかし」に過ぎまい。
 今西錦司は『自然学の展開』(1990年)で、自らの山岳体験を語っている。山中で数日の雨に降り籠められた後、晴天となると、周囲の森に棲む鳥たちが一斉に歓喜の歌声をあげる。その折に鳥たちと「場」をともにすることで感ずる「共感」。それが「生物全体社会」への「直観」を導く、と。また最晩年の英文著作『神秘主義』(英文1957年、岩波文庫2020年)で鈴木大拙は「輪廻の思想」を語る。身近に居る猫も、ひょっとすると自分の前世の姿かもしれない。さらに、ありとあらゆる植物や岩石すら、我々が輪廻転生のさなかで取ることになるかも知れない姿のひとつなのだと観ずることには、「正義や補償の感覚」に適う倫理観がある。なぜならこのような「想像力」を養うことで、我々は万物に対して「同感と相互の理解の絆」を得るのだから。それによって世界は「詩的な色彩を帯びる」のではないか、と。
 自分たちも動物だ、とはスナウラ・テイラー『荷を引く獣たち』(洛北出版、2020年)が思索の出発点とする前提だ。「動物解放」は、みずからも障害者である著者にとっては「障害者解放」とも通底する。だがそこでの「解放」とは、「福祉」という軛、「権利」の意識という重荷からの「解放」へと突き抜ける。もはや「自由」に囚われない生命の営み。その姿にこそ、二重分節言語を獲得してしまったヒトという種が、動物や植物の境涯に希求しつつも、二度と手に入れることは原理的に不可能な「自由」の夢想が育まれているようだ。動物たちや植物たちの生命の営みは、もとより「動物福祉」や「動物の権利」の彼方にある。「福祉」や「権利」の問い直しは、健常者の「あさはかさ」を照らし出す貴重な思索の糧となる。

*スナウラ・テイラー『荷を引く獣たち――動物の解放と障害者の解放』Beasts of Burden 今津有梨訳、本体2800円、洛北出版、2020年







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