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評者◆睡蓮みどり
この年末、映画館で見たい三本――J・ブレイクソン監督『パーフェクト・ケア』、ケン・ローチ監督『夜空に星のあるように』、スティーヴン・キジャック監督 『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』
No.3523 ・ 2021年12月11日




■あっという間に二〇二一年が終わろうとしている。映画館で映画が見られるようになったものの、前と同じとはいかない。上映前後のイベントのかたちも変わった。映画館でのクラスターは幸いなことに一度も起こらなかったが、二時間以上同じ空間で知らない人と過ごす心理的なハードルは高いのかもしれない。私も家で見ることが増えたのもあり、偉そうなことは言えないのだが、それでもはやり、映画は映画館で見ることを想定されて作られているのだということを忘れたくない。年内最後の本連載はこちらの三本を取り上げたい。
 『パーフェクト・ケア』は『ゴーン・ガール』のロザムンド・パイク主演。知的な悪役に定評がついたのだろうか、本作のマーラ役でも『ゴーン・ガール』を彷彿とさせる見事な悪役っぷりである。法定後見人であるマーラはお金持ちの老人たちを合法的に施設に入れ、財産管理の名目で利益を得ていた。後見人の権限を使えば家財を本人の許可なく売ることも可能なのだ。怪しげな新興宗教施設のような高級老人ホームに一度足を踏み入れたら二度と出てこられない。反発すれば、共犯関係の悪徳医師から認知症か危険人物認定され、薬でコントロールされ死ぬまでお金を搾り取られる。法律に則っているので、マーラを裁ける人はどこにもいないというやっかいさだ。
 出てくる人物たちがみんなこぞって悪役というのは楽しいものだ。何と言っても、一番怖いのは騙されて施設に入れられてしまう裕福な老女を演じたダイアン・ウィーストだ。ただのお金持ちかと思ったら、接触してはならない超危険人物。物語の風向きが変わる、ロシアンマフィアが出てくるあたりで、緊張感あるサスペンスからファンタジーになってしまった印象は否めない。怖すぎたり強すぎたりする人たちが出てくると、逆に怖くなくなってしまうというか。とはいえ、マフィアのボスも胡散臭い弁護士も、どのキャストもはまり役であると同時に、スリリングで先が読めない展開に引き込んでいく強引さが魅力的。
 マーラの人物造形は、お金しか信じない拝金主義と同時に、男性社会、ひいては男性そのものへの強い憎しみを感じさせる。一方で、エイザ・ゴンザレス演じるパートナーの女性との関係性においては、あくまでも自分が男性になろうとしているかのようで、悲哀すら感じさせた。本作でロザムンド・パイクはゴールデン・グローブ賞主演女優賞を受賞している。

 ケン・ローチの長編デビュー作である『夜空に星のあるように』は、若くて貧しい労働者階級の女性ジョイが主人公。18歳で妊娠・出産したジョイは泥棒で生計を立てているトムと結婚するものの、子育ては彼女一人の仕事となり、挙句に夫は逮捕されてしまう。その後、トムの仲間デイヴと恋仲になるが、デイヴもやはり逮捕され、パブやヌードモデルの仕事をしながら暮らしていくことになる。
 キャロル・ホワイト演じるジョイには驚くほど悲壮感がない。自分が不幸であるなんて思っていないような目をしている。ただ、毎日やってくる日々を生きるのだ。ジョイは「女に必要なのは男、そして子供」であるということを信じて疑わない。男がいなければ幸せになれないのだと、気づかぬうちに自らを「女の人生」の枠の中に押し込んでしまう。デイヴとの結婚を夢見ながらも、行きずりの男たちに頼り、罵倒され、それでも幸せを渇望する。彼女はそんな現実の中にいても、まるで現実を生きていないかのようにいつも夢見ている。デイヴとの関係も、離れているから“本当の恋”のように思えるのかもしれない。彼は嫉妬深い一面もあり、本当に一緒に暮らしていたら幸せとは程遠いものになるかもしれない。そんなことを思わず考えさせられる。結局、ジョイは刑務所から帰ってきた夫と暮らし始めてしまう。
 物語にドキュメンタリー的なシーンを組み込むことは今でこそある手法だが、このラストは今見ても衝撃を与えるに違いない。若さと環境が彼女を取り囲んで離さないことに、まるで彼女は気づいていないかのようだ。絶望もしていない。誰のことを恨むわけでもなく、これからも続いていくであろう日常を生きて、いつの間にか歳をとってゆく。そんな登場人物の未来まで想像させる。ケン・ローチの描く人間はいつも生きている。劇中で繰り広げられる想像力のなさ、映画という装置が掻き立てる想像力、その二つのバランスが絶妙に重なり合い、ただ一人の女の人生を垣間見るに止まらない、膨大な力を持つ傑作であった。

 『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』もドキュメンタリー映像を巧妙に組み込みながら、ザ・スミスのバンド解散を悲しむ若者たちの一晩を描く。コロラド州デンバーでスーパーのレジとして働いているクレオの生きがいともいえるバンド、ザ・スミス。メンバーたちは労働者階級の出身で、歌詞は痛烈な社会批判を盛り込み、それまでの暴力・セックスを賛美するタイプのロックとは一線を画している。ザ・スミスは紛れもなく、クレオをはじめとする若者たちの代弁者であった。一つの救いであったわけだ。しかし街には解散を悲しむ人たちはいない。その夜は特別な夜ではなく、いつもと変わらない夜だった。
 クレオに密かに想いを寄せるディーンは、街にあるヘビーメタル専門のラジオ局をジャックし、ザ・スミスの曲だけを流すよう要求する。これは実際に起こった事件に着想を得ているという。ラジオからは延々とザ・スミスの曲が流れてくる。このバンドのファンであるかどうかはもはや関係ないのだ。そんなことより曲を聴いてよ、と言わんばかりに強制的に登場人物たちはチャンネルを切り替え、曲の布教をしてくるわけだが、それがなんと心地よいことか。ヘビメタを否定され銃を突きつけられたDJも最初は当然怒っているが、ディーンとともにザ・スミスの追悼を始める。活動期間が短かったこのバンドがなぜ伝説になったのか、まだ何者でもない五人の若者たちの夜を見ているだけで伝わってくる。
(女優・文筆家)







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