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評者◆福島亮
T・C・エリマンヌを知っていますか?――モハメド・ムブガル・サールとヤンボ・ウォロゲム
No.3527 ・ 2022年01月22日




■二〇二一年は「アフリカ文学」の年だった。アブドゥラザク・グルナ(一九四八‐)のノーベル文学賞受賞、ダヴィッド・ジョップ(一九六六‐)のブッカー国際賞受賞、そして本連載第一五回で触れたモハメド・ムブガル・サール(一九九〇‐)のゴンクール賞受賞。残念ながら三人ともまだ邦訳はない。しかし、サールについては翻訳が準備されていると仄聞している。また、本紙第三五二四号の「海外文学・文化回顧」(評者‥桑田光平)でも取り上げられた。「アフリカ文学」の新しい声はこれからどんどん日本語読者に届けられるはずである。
 「アフリカ文学」とは、なんだか居心地の悪い表現である。あの広大な大陸と複数の言語、そしてとりわけ大西洋貿易によって世界中に拡散した人々の文学を、どうしてかくも粗雑に「アフリカ文学」などと括れようか。とはいえ、日本文学、フランス文学、イギリス文学という呼称もまた、程度の差こそあれ雑な括りであり、定義を問われれば答えに窮するはずである。私としては、「アフリカ文学」という表現がもつ違和感、雑さ、居心地の悪さこそ重要だと考えている。「アフリカ文学」という表現はひとつの問題提起だ。この居心地の悪さは、翻って、ナショナルな文学観を問いに付し、絶え間なく複数化し、越境する。問題提起は、新たな想像力を要請するのである。
 そんな想像力の一端に目を向けるべく、ここで唐突に質問してみたい。T・C・エリマンヌという作家を知っていますか? 一九三八年に『非人間的なものの迷宮』という書物をフランスで発表し、文壇を騒然とさせ、その後忽然と姿を消した作家である――というのは冗談で、実はこのエリマンヌという人物は、先述のサールが造形した謎の作家なのである。以下、このゴンクール賞作家に焦点を絞ってみよう。

 サールは一九九〇年にセネガルで生まれた。二〇一四年、プレザンス・アフリケーヌ社から長編小説『包囲された土地』を発表し、作家としてデビューする(実はその前に奴隷貿易を主題とした「船倉」という短編も執筆している)。
 同作で描かれるのは、ジハード集団によって包囲された土地で生き抜こうとする若者たちの姿である。作家が念頭においているのは、二〇一二年に生じたマリ北部紛争だ。この紛争をテーマにしたアブデラマン・シサコ監督の映画『ティンブクトゥ』は『禁じられた歌声』という邦題で日本でも公開されているから、紛争を記憶している方も多いと思う。
 続く第二作『合唱の沈黙』(二〇一七)は、シチリアの片田舎に到着した「移民」「難民」たちが主人公である。本連載第五回目でランペドゥーザ島の移民・難民保護施設をフィールドワークする地理学者カミーユ・シュモルの仕事について述べたが、サールもまた、作家としてシュモルと同じ問題に取り組んでいたのである。
 そして第三作は、フィリップ・レイ社から刊行された『純粋な男たち』(二〇一八)である。セネガルの若い文学教師の格闘を通して、アフリカ社会におけるホモフォビアを俎上にあげたこの作品は、作家を一躍有名にした。ゴンクール賞を受賞した第四作は、同じくフィリップ・レイ社から刊行されている。
 サールは先に名前を挙げた三名のなかでもずば抜けて若い。だからといって、大型新人だとか、新世代などとうそぶけば、途端に彼の作品を読んでいないことが露呈する。というのも、ゴンクール賞を受賞した第四作『もっとも秘められた人間の記憶』は、「作品」に寄せられる白々しい評価の言辞にうんざりする、いささか皮肉屋の主人公によって語られる物語だからである(余談だが、「出版社が受賞の報せを受け取ったとき、私はトイレにいたんです」とあるインタビューで語る作者もまた、愛すべき皮肉屋だ)。
 文学の価値は、作品をとりまく虚しい言葉にあるのではなく、作品の孤独にこそある。サールはこのことを、チリの作家ロベルト・ボラーニョの『野生の探偵たち』からの引用によって強調する。「そしてある日、〈作品〉も死ぬ、あらゆるものが死ぬように、〈太陽〉と〈地球〉も、〈太陽系〉と〈銀河〉も、人間のもっとも内奥に秘められた記憶もやがて死に絶える」(柳原・松本訳、白水社)。本書のタイトルはこのボラーニョの文章からとられている。
 世界の終わりの瞬間まで、誰に読まれずとも存在し続ける「作品」の孤独。この孤独を掘り下げた点に、同時代的な社会問題をこれまで徹底的に描いてきた作家の新たな飛躍を私は見てとりたい。
 本書は第一篇から第三篇まで、三つに分けられている。第一篇は二〇一八年のパリを舞台に、文壇デビューを狙う若いアフリカ人の文芸サークルを描き出す。サークルのなかで居心地の悪さを感じているセネガル出身のディエガンヌ・ラティル・ファーユは、一九三八年に出版された『非人間的なものの迷宮』という幻の書物を探している。
 幻のアフリカ人作家T・C・エリマンヌは、「ニグロのランボー」などと持ち上げられた末に、剽窃疑惑によって忽然と姿を消した。彼の足跡は文字通り「迷宮」入りかと思われていた。ところが、老齢のセネガル人女性作家シガ・Dとの出会いによってファーユの人生は大きく展開する。出す本出す本、ことごとくスキャンダルを起こすことで有名なこの老作家のホテルで、探していた件の書物と遭遇するのである。
 なぜシガ・Dは幻の書物を持っていたのか。彼女が滞在するアムステルダムに舞台を移し、第二篇で明らかにされるのは、シガ・Dがエリマンヌの歳の離れたいとこだったという事実である。一九一五年に生まれ、高等教育を受けるためにフランス本国に渡ったエリマンヌを、シガ・Dは知らない。父親の遺品のなかにあったエリマンヌの小説には、家族のことは一切書かれていない。その沈黙の謎を解こうと、シガ・Dもエリマンヌの足跡を追い続けていたのである。
 実在の人物と虚構の人物とが入り混じり、物語は錯綜してゆく。サンゴールから村上春樹まで、持ち出される固有名は枚挙にいとまがないが、とくに重要なのはヴィトルド・ゴンブローヴィッチ(一九〇四‐一九六九)の存在だろう。ファーユとルームシェアしているスタニスラスはゴンブローヴィッチの『フェルディドゥルケ』の新訳を準備している。スタニスラスは、ある日ゴンブローヴィッチの日記のなかにエリマンヌを思わせる記述を見つける。これが伏線となり、第三篇ではアルゼンチンに舞台を移し、エリマンヌとゴンブローヴィッチとの交流が描かれる。
 一冊の書物を残して消えたエリマンヌ。この魅力的な登場人物には、実はモデルがいる。一九六八年に小説『暴力の義務』でルノドー賞を受賞し、時代の寵児となった後、剽窃の咎で姿を消したマリの作家、ヤンボ・ウォロゲム(一九四〇‐二〇一七)である。
 サールの小説はウォロゲムに捧げられており、この忘却されたマリの作家が特別な存在であることが明示されている。小説第一篇の設定年である二〇一八年は、サールがラガルデール財団の奨学金を得て本作の執筆に打ち込んだ年であるが、奇しくも『暴力の義務』の刊行から五〇年目にあたる。実際、二〇一八年、ウォロゲムの小説はスイユ社から再刊された。さらに現代出版資料館(IMEC)に保管されていた草稿等の資料調査によって、ウォロゲムの謎が少しずつ解明された年でもあった。
 ウォロゲムは一九四〇年に、仏領スーダン(現マリ)で生まれた。パリの名門リセ、アンリ四世校に学び、高等師範学校で社会学を専攻した。一九六八年に発表した最初の小説『暴力の義務』は、アフリカ内部における奴隷制と植民地化を主題とするものだった。西欧による植民地化以前に、アフリカでは有力者による支配やアラブ人による奴隷制があった、と強調するウォロゲムの作品は、西欧によって一方的に虐げられてきたアフリカ、という既存のイメージを破壊する衝撃作であり、たちまち各国語に翻訳された。日本語訳は一九七〇年に岡谷公二によってなされている。
 (余談であるが、日本語訳『暴力の義務』は現在手に取るのが難しい状態にある。「アフリカ文学」は実はかなりの数が翻訳されているのであるが、品切れ等でアクセスしにくく、なんとも残念である。)
 『暴力の義務』はウォロゲムに栄誉をもたらしたのか。いや、そうはならなかった。一九七二年五月五日付けの『タイムズ文芸付録』に掲載された記事によって、『暴力の義務』にグレアム・グリーンの『ここは戦場だ』(一九三四)からの剽窃があることが指摘されたのである。この指摘を皮切りに、次々とウォロゲムの剽窃が報道された。栄光からスキャンダルへ。ウォロゲムがこのスキャンダルの黒幕として自身の版元であるスイユ社を批判したことで、事態はさらに泥沼化する。
 ウォロゲムは一九七〇年代中頃、忽然とパリから姿を消し、故郷マリに帰還する。以降、ほとんどの交際を断った。一九九八年に「ヤンボ・ウォロゲムを探して」と題した論文を発表した文学理論家クリストファー・ワイズは、ウォロゲムの消息を追うなかで、「あいつは狂っちまった」という声を一度ならず現地で耳にしたと報告している。故郷に錦を飾った天才か、それとも恥ずべき剽窃を犯した狂人か。論争は故郷のマリでも繰り返されていたのである。
 ウォロゲムは二〇一七年に亡くなっているが、その生涯については依然として謎の部分が多い。サールの小説は、自由な想像力を駆使してこの謎に挑んでいるのである。
 小説の第二篇で、パリからエリマンヌの書物が故郷に届けられる場面がある。小説中もっとも情感豊かな箇所だ。エリマンヌは父を第一次世界大戦で失っており、父の双子の弟である盲目の叔父に育てられた。一九三八年八月のある日、この叔父のもとにエリマンヌから一冊の本が届く。『非人間的なものの迷宮』だった。もっともエリマンヌの書物を叔父は読むことはできない。盲目であることにくわえて、エリマンヌはフランス語で執筆しているからである。「白人の学校」でフランス語を勉強し、優秀な成績を収めたエリマンヌと叔父との間には、言語的な溝がたしかにある。それでも、送られてきた書物を手にすると、そこにエリマンヌの魂の一部があるかのような感じが叔父にはする。何が書かれているかわからずとも大切な本なのだ。
 この場面を思うと、失意のまま故郷に帰ってきたウォロゲムがその後ほとんど交際を断った理由も想像できるように思われる。もっとも、故郷に帰ったウォロゲムは、イスラームの修道士(マラブー)になっている。作家から宗教家へ。どうやら彼の帰郷は単なる感傷的な都落ちではなかったようである。この点も含めて、ウォロゲムが謎多き人物であることに変わりはなさそうだ。
 サールの受賞によって、改めてウォロゲムにも注目があつまっている。今後新たな発見がなされる可能性は大いにあるだろう。

 二〇二一年の文学賞を振り返ることから本稿は出発した。「賞」に着目すると、どうしても大きな出版社から刊行されているものばかりに目がいってしまう。それは仕方ないのかもしれないが、残念でもある。できれば次は、小さな出版社や書店に着目して、「アフリカ文学」やフランス語圏文学を紹介してみたい。(フランス語圏文学)







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