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評者◆睡蓮みどり
考えることを放棄した愚かな体制、愚かな資本主義、愚かな指導者たち、愚かな……――トーマス・アッシュ監督『牛久』、立山芽以子監督『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』
No.3533 ・ 2022年03月05日




■その現実を伝えるために『牛久』に出て、声をあげるその勇気にまずは頭が下がる。この映画を特派員協会で観たこともあり、出演する方々の声を聞くことができた。彼らはいま仮放免中だ。それもコロナの影響が大きいという。コロナ以前は申請してもなかなか仮放免をみとめないのに、感染を恐れてコロナになったらとたんに仮放免となった。コロナが収まってしまえばすぐに、入国管理官という刑務所の中に戻されてしまう。突然多くの人が仮放免になったため、ボランティア団体や教会も、助けたくてもキャパシティオーバーだという。住所もないので働けない、働けないから自分で使えるお金もない。
 揃って訴えるのは、「なぜ難民申請の紙があるの?」ということだ。申請を受け入れていると表向きはいうから申請をした。だが、現実はそうじゃない。難民を受け入れる体制も整っていなければ、そんな気なんてさらさらないのだ。昨年、名古屋の入国管理局でウィシュマ・サンダマリさんが亡くなったニュースを覚えている人は多いだろう。誰かが亡くならないと、入国管理局で起こっていること
は、ほとんどの人にとっては人ごとだったかもしれない。
 私もこれまではそうだった。私のパートナーが外国人なので、ビザと向き合わなければならなくなった。よく勘違いされるが、婚姻ビザがあるからといって永住権が貰えるわけではない。また、日本人と婚姻関係にあるすべての外国人が婚姻ビザを取得できるわけでもない。
 政府の作るホームページはわざわざご親切にとてもわかりにくい構造で、欲しい情報を探すのに一苦労する。民間のものは、お金を払ったら代理でやってくれるという宣伝サイトばかり。日本にやってくる人たちは、必ずしも日本語や英語ができる人ばかりではない。周りに助けもなく自力で申請するのは簡単ではないだろう。そんな不安につけこみたいのか、慈善団体を装ったあやしげな宗教の勧誘も、ビザ申請にならぶ列の周りをうろついている。
 このような苛立ちや現状をSNSで言いたかったが、結局しなかった。ネットは誰でも見られる。私が“悪口”を書いているのを発見されたらビザの申請を取り下げられるかもしれない。そのとき、私は保身を選んだ。強制的に夫と離されるのが怖かったからだ。ビザは誰が審査したのか、通らなかった場合、なぜ不許可になったのか、一切公表されていない。それもおかしなはなしだ。
 『牛久』に出てくる方々は、「難民申請」をした人々だ。この記事でも出身国や名前はあえて触れない。彼らにとっては現在進行形のことである。批判的な発言をしたと入国管理局の人たちにばれて、また暴行を受ける可能性も十分ある。監督のトーマス・アッシュさんも出演を許可した方々も、そのリスクを重々に背負っている。
 出演している人のひとりは日本人女性と結婚して子供もいたという。二人目も妊娠中だった。しかし警察官(彼が当時働いていた会社の不正に巻き込まれ、罪を押し付けられたのだという。そのことについては確認していないので不十分な情報ではあるものの、そのせいで彼は警察に行かざるを得なかった)は、彼の妻に対して、子供を堕ろして、彼から逃げるように言ったという。警察官の目には彼が人間だと映っていないのだろうか。妊婦に向かって堕胎しろという方がよっぽど人間のすることじゃない。
 入国管理局内で行われた暴行シーンも映画の中に登場する。いたたまれない。圧倒的な想像力の欠如、考えることを放棄した愚かな体制が生み出した愚かな人間の形をしたロボットたちに、助けを求める人々は殺されつつあるのだ。彼らは、国にいたら殺されてしまうからこうして「難民申請」をして逃れてきたのに。同じようなことは他の場所でも起こっていることかもしれない。けれど、確かに日本で起こっていることなのだ。日本で、彼らが、被害に遭っているのだ。
 もうひとつ、紹介したい映画はアフリカのコンゴ共和国東部ブカブで起こっていることだ。こちらも目を覆いたくなる現実である。『ムクウェゲ 「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』。タイトル通り、女性にとって世界最悪の場所と呼ばれるのは、この地区で40万人以上の女性たちがレイプ被害に遭ってきたためである。ナレーションでも何度も「レイプ」という言葉が出てくる。その度に胸がぎゅっと痛くなる。できれば聞きたくない、発したくない言葉の一つだ。
 医師のデニ・ムクウェゲさんは20年以上、被害にあった女性たちを無償で診察し続けている。20年以上、というのは一向に被害がなくならないためである。望まない妊娠、病気、女性器を壊す行為。レイプされるのは生後半年の赤ん坊から90歳過ぎの老女まで、つまりあらゆる女性が対象になる。
 武装勢力は快楽のためではなく、上から命令されてそうするのだという。組織の命令を破れば自分がひどい目に遭う。自分たちがいかに強いかを示すため、恐怖を与えるためだけにレイプする。映画に登場する、かつて武装勢力にいた男性はそう語る。麻薬で脳を麻痺させた状態で、その残虐な行為は繰り返し行われる。死ぬよりも生きていくほうが苦しいということも彼らはよくわかっているのだ。
 武装勢力が狙っているのは一体何か。それはブカブにある豊かな資源である。その資源は私たちが使用しているスマートフォンの部品の一部になっている。「遠い国の無関係な話ではない」とムクウェゲさんは世界に向けて訴えかける。
 このあまりに辛い現状を知ってしまうと、深い悲しみの先に怒りの気持ちが弱まってしまう。愚かなマッチョイズム、愚かな資本主義、権力に取り憑かれた愚かで醜い指導者たち。
 画面の中に映る彼ら彼女たちは、「外国人」ではなく、「女」でもなく、名前もあるひとりひとりの人間である。生きている人間である。人として生まれてきたのに人権がない。嘆いていても始まらないかもしれない。けれど感情がある、人間のうちに何かしなければ。私にできることは何だろう? もしそう思うのなら、映画を見るのもひとつの行動だと私は考える。
(女優・文筆家)







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