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評者◆作楽
絵の背景を知って初めて感じる怖さ
絵の中のモノ語り
中野京子
No.3537 ・ 2022年04月02日




■絵画のなかのモノに注目するスタイルで、32点の絵画が取りあげられています。絵に描かれた場面、絵の一部のモノの役割など、ひとりで鑑賞していれば、見逃していたことをいろいろ知ることができました。
 『怖い絵』の著者による本だけあって、絵のなかに直接的には描かれていない、恐ろしいモノがいくつか紹介されていました。ひとつは、『女占い師』という作品です。
 ロマの占い師が、客である若者を占っているこの場面、ロマは彼に秋波を送り、彼は占い師が自分に惚れてしまったと自惚れ、ふたりのあいだに醸し出される微妙な雰囲気が描かれています。同時にこれは、ロマが薬指を巧みに使って若者の指から指輪を抜き取った瞬間を捉えたものだというのです。純情そうな好感のもてる若者が、一転して哀れな存在に見えてしまいました。
 この『女占い師』は、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョの作品で、彼の作品にインスピレーションを受け、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールは、『怖い絵』の表紙になった『いかさま師』を描いたと言われています。そう言われると、騙す者のとぼけた表情と騙される者のうぶな顔つきが似て見えました。
 それとは違った怖さを感じたのが、この本の表紙にもなっている『イザベラとバジルの鉢』です。14世紀イタリアの詩人ジョヴァンニ・ボッカッチョの短編小説集『デカメロン』の一話を、19世紀イギリスの詩人ジョン・キーツが恋愛詩に仕立て、それを下地にウィリアム・ホルマン・ハントが描いたのがこの作品です。
 バジルは、フィレンツェの富豪の娘であるイザベラに大切に育てられているのか、すくすくと生長しています。イザベラが頬を寄せるこの鉢には、使用人でありながら、イザベラと愛し合うようになったロレンツォの頭部が埋まっています。恋人の頭を切り落として鉢に埋め、そこでバジルを大切に育てるイザベルには、そこに至るまでの相応の理由があり、同情を寄せたくなります。それでもなお、ここに一種の狂気を感じずにはいられません。
 いっぽう、絵のなかのモノの役割で驚かされたのは、ピーテル・パウル・ルーベンスの『キリスト昇架』に描かれている磔刑の釘です。著者は、次のように紹介しています。

 イエスの足は左右重ねられており、打ち付ける釘は一本。実は中世まではイエスに使用された釘は両手両足、計四本説が取られていた。時代が下るにつれ、このように計三本説が主流となる。
 足を重ねることの絵画的効果は――本作に顕著なように――肉体の捻りによって動きが生まれることだ。処刑人たちの荒々しい動作に加え、イエス自らも肉体をよじって神の御許へと昇ってゆきそうなドラマとなる。動画を見慣れた現代人はいざ知らず、当時の人の目にこの絵は動いて見えたであろう。

 釘の数など気に留めたことなどなかったので、細部が全体に与える影響の大きさに驚かされました。
 この著者の解説を読むと、絵画が描かれた背景を知り、当時に思いを馳せながら鑑賞するのも、自らが感じたままに鑑賞するのと同じくらい楽しいと思えてきます。







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