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評者◆秋竜山
あるけど無い水平線、の巻
No.3543 ・ 2022年05月21日




■早朝の朝日が水平線からのぼるのをみると、自然と誰もが目をつむって手をあわせて、おがみたくなるものである。夕日と同様である。ところが昼の太陽をあおぎ見ながら手をあわせておがんだりはしない。誰もがであり、今までそんなことをしている人を見たことがない。もし、私がやったとしたら、そのまわりにいた人たちは、大笑いするであろう。誰もやらないのは、そんなことをしたら笑われるからである。朝日や夕日においては笑われることはない。ところが昼の太陽に手をあわせると、笑われてしまうのである。ところが、その太陽に雲がかかり太陽が雲で見えなくなってしまったのを手をあわせておがんだとしたらどうだろうか。そんな人を見て、指さして笑う人もいないだろう。朝日も夕日も同様にくもっていて水平線上に明るく光はあるが肝心の朝日も夕日も姿が見えない。それにむかって手をあわせる人がいるだろうか。雨ふりの中、見えない朝日や夕日にむかって傘をさして手をあわせたりしたら、海の中の魚たちが海面に頭を出してビックリして笑いだすにちがいあるまい。
 布施英利『遠近法がわかれば絵画がわかる』(光文社新書、本体八八〇円)では、
 〈人は、一つの目と二つの目で世界を見ています。そこに見ている世界は、同じ一つの世界ですが、一つの目で見た世界と、二つの目で見た世界は、同じものではないのです。遠近法、つまり空間の奥行き、ということでいいますと、二つの目では、近い距離にある立体(=遠近)を見ています。一方、一つの目では、ある程度以上(たぶん手が届かないくらい)遠いところにある遠近を見ているのです。〉(本書より)
 水平線にのぼる朝日や夕日は、まったく同じものです。沈んだかとおもったら、またすぐ朝日となってのぼるのである。おさない子であったら、朝日と夕日が同じものであるとは信じがたいだろう。大人であったとしても、そんなことを言ったら「バカ」といって笑われるに決まっている。朝日と夕日は同じものであるに決まっている。
 私がおさない頃のことだった。裏山の小高い段々畑で私の家のバアさんと近所のバアさんが話しているのを聞いた。「あの水平線の向こうは、海の水が巨大な滝となって流れ落ちているだろうか?」と、いう話であった。そして、その落ちた海水はいったいどこへいってしまうのだろうか、無限に落ち続けるのだろうか? と、しんけんに話しあっていた。おさない私は二人の話に、しんけんに聞きいっていた。そして、朝日と夕日はどこで入れちがいされるのだろうかと、不思議に思えたのであった。目の前の水平線上に立つと、また前の前に一つの水平線があらわれる。その水平線に立つと、また遠くに一つの水平線があらわれる。無限の遠近かんかくでもある。もちろん水平線に立つなどできるわけがない。海というものは水平線は見えるが実際にあるわけがないのである。地球上に、水平線というものは見えるが、その水平線に近づくと、消えてしまい遠くに新しい水平線があらわれる。水平線というものはあるけど無いものである。海中にもぐって生活している魚たちは、遠近法など、どーでもよいものだろう。海面から首をだして首をかしげるといったぐあいだろう。







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