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評者◆秋竜山
手をとりあって笑えばいいのに、の巻
No.3550 ・ 2022年07月09日




■「くやしーい」.歯ぎしりしている人を見て誰もが笑う。そのくやしがっている様を見て面白いといって笑いころげるのである。なぜ、人は,くやしがっている人を笑い,くやしがりかたが面白いといって笑うのだろうか。それは、くやしがっている人を見て笑う人たちは、上から目線で見くだすように笑っているのである。物ごとを笑っている人たちは、自分でもわからないが上から見くだしているから笑いがおこるのである。そして、見くだされている人は自分がそのような立場にいることで見くだされていることに気づくのである。だから、いつもケンカの原因は人を見くだしていることであるし、そして、見くだされることによって笑われるのである。笑いというものは、いつもそんな条件の中でうまれている。
 私も笑われると腹が立つ。見くだされている時は、いつも自分が笑われることになる。そしてたとえば家の中で笑われている人は、笑っている人に対して、「ヤイ、おもてへ出ろ」と、叫ぶ。言われたほうの人は、しぶしぶあとをついていっておもてへでる。なぜ家の中でケンカがはじまると、必ず「おもてへ出ろ」ということになるのだろうか。どうしてわざわざ二人でそとへ出てケンカをしなくてはならないのだろうか。そとへ出なくても家の中でケンカを続ければいいのに。
 二人だって、そとへ出ていく様子をみて、家の中にいるものは笑うのである。面白いからである。なぜそとへ出る二人を面白いといって笑うのだろうか。二人がつれだって、そとへ出ないでケンカしても笑わない。「やめろ」といってなだめることはあるが、そとへ出た二人を家の中でみんなで笑いあう。二人がその場にいなくても面白いといって笑うのである。なぜ、笑うのか。二人でつれだってそとへ出たことが面白いからである。そとへ出た二人は、なぐりあいのケンカなどしない。相手をおたがいにつねったりしている。雨の日などは二人でぬれないように一本のコウモリ傘に入って、口ゲンカをしているのである。それがまた面白い。よくマンガで描かれている。笑えるから漫画家はマンガにするのである。そのマンガを見て笑いあうのである。
 谷泰『笑いの本地、笑いの本願――無知の知のコミュニケーション』(以文社、本体二八〇〇円)では、
 〈「くやしーい」と「ははは」との相違――他者の無知は反復する。二人がバドミントン遊びを終えて、ネットなどの道具をかたづけていた。そして、老眼であるためにしばしば上から落ちてくる球を空振りをした女性にむけて、男性が「髙橋さんは老眼ですね」とたずねる。そしてそれを確認したあとで、「小さいレンズが下についている老眼鏡がありますね」に続いて、ちょうどその逆=(「小さいレンズが下についている老眼鏡がありますね」)に続き「小さいレンズが上についた老眼鏡があなたには勧められるのではないか」と言う(略)この時点で「くやしーい」と言う髙橋も、笑う傍観者もひとしく(略)まさにこの移行の事実を明かすように「くやしーい」と言い、他方は「ははは」と笑うのか(略)〉(本書より)
 人は常に誰かを笑いたがっている。そして自分が笑われるのをきらうのだ。二人手をとりあって笑えばいいのに。







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