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評者◆秋竜山
「知」と「茶」の大きな違い、の巻
No.3551 ・ 2022年07月16日




■私の子供の頃は喜劇映画が花ざかりであった。そして、喜劇映画には喜劇役者がたくさん存在した。まだテレビのなかった時代で、ラジオ放送の時代であった。人を笑わせる時代は昭和初期には喜劇では〈エノケン、ロッパ〉そして、イナガキタルホであり、漫画ではデンスケで有名な横山隆一であった。横山隆一はアメリカ漫画のユーモアを日本へ導入した。特に新聞の四コマ漫画であった。人気のあったのは主人公が〈デンスケ〉であった。デンスケは録音機を肩にさげて路上で道行く人にマイクを向けて録音した。その、デンスケの漫画を見て、新聞記者などがデンスケが肩にさげている録音機をデンスケと呼ぶようになったのである。
 デンスケは毎日新聞の朝刊に、夕刊には〈プーサン〉が、けいさいされた。作者は横山隆一の弟で横山泰三という漫画家であった。そのことを私は兄の漫画家である横山隆一サンからお聞きした。ラジオ放送では、その放送時間になると、みんなラジオをとりまいて、ききいったものであった。その、放送のデンスケがどれくらい人気があったかというと、当時、銀座に日劇という劇場があり堺駿二という喜劇俳優が出演していて、それを見たさに、劇場を三周もならんで取り巻いたという。〈アチャコ青春手帖〉では、浪花千栄子という名喜劇女優がいて、〈花菱アチャコ〉の母親役をやり、この二人の名前を聞いただけで笑ったものであった。一九五二年に長沖一原作で大ヒットしたラジオドラマ「アチャコ青春手帖」が映画化された。当時は、喜劇役者がキラ星のごとく大勢いた。古川緑波、大泉滉、丹下キヨコ、〈アジャパーの伴淳三郎〉堺駿二、川田晴久などその他に数え切れないほど大勢いた。特に〈アチャコ〉は「ホンマに…もー、無茶苦茶で、ござりますんかいなー」という名ゼリフを連発させて、笑わせたものであった。
 谷泰『笑いの本地、笑いの本願――無知の知のコミュニケーション』(以文社、本体二八〇〇円)では、
 〈ソクラテスのいう{「自己の無知」の知}にちなんで、(略)わたしの無知を知りうるために、「わたし」が「しかじかである」を知っていなければならないことに変わりないはずだ。ただこうすると、「しかじかである」を知っている「わたし」が「しかじかである」を知らないという事態を認めなければならなくなる。こんなことはありえない。「しかじかである」が是か/否かを知らないということならばさておき、確定知としての「しかじかである」についての「わたしの無知」を「わたし」が共時的に知るという事態はそもそも成立不可能である。〉(本書より)
 無知と、無茶は、まったく意味の違うものであろう。ところが〈無茶苦茶〉というと人は笑う。無知の場合は、まったく笑いは存在しないが、無茶苦茶となるとアハハハと笑いが生ずる。なぜだろうか。無知をいって笑う人はいないだろうが、無茶苦茶というと大笑いをする。〈知〉と〈茶〉の違いだろうか、お茶をのみながら考えてみた。わからない。お茶には茶柱が立つ。知には立たない。立つのは、わたしの教養の無さであり、自分にたいして腹が立つのである。







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