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評者◆凪一木
その153 霞が関ビルディング
No.3554 ・ 2022年08月06日




■日本橋の現場から霞が関に異動して一カ月目の三月三一日のことだ。銀座一丁目に建設中のビルで事故が起きた。エレベーターが一〇階から地上に落下し、かご(エレベーターの箱のこと)の中で作業していた四〇代の男性作業員が死亡した。電通テックや東映ビデオでお馴染みのコンワビル、或いは京橋の図書館(中央区役所)からほど近い、昭和通りに建設中のビルでの事故だ。東京駅前に建設中の国内最大のビルをはじめとして、オリンピックも終わった東京は、何の景気によるものなのか、都心の至るところに高層ビルが建設中だ。エレベーター大手三大会社の一つに勤務の友人は、二年先まで仕事が埋まっているという。
 ここ数年でも、東京ミッドタウン日比谷(三五階建て)や日本橋高島屋三井ビル(二七階建てだが三六階建ての霞が関ビルの高さに相当)といった高層ビルのエレベーター起ち上げに参加し、休みが取れない(取らない)状態である。給与は、残業もあり破格だ。先日一〇万円のスマホを失くし、その日のうちに買った。過密な仕事ゆえの不注意にも私には感じたが、友人が表向きの満足感に見合う幸せなのかは分からない。
 かつてケインズが「二〇三〇年の労働時間は週一五時間になる。二一世紀の最大の課題は増え過ぎた余暇だ」と予想したのは、一九三〇年のことだ。だが、労働時間がいつまで経っても一部の人間だけが減っていくだけで、いわゆる3K(危険・きつい・汚い)とされる職業には、依然として隔たって残ったままだ。いや、時間以外にも過酷さも、その差が広がる分だけ、また情報化社会により、裕福な層の姿を知ることもできる分だけ、「感じる」悲惨の度合いは、増しているかもしれない。
 こういった建設現場での死亡事故が起きると、ビル管は決まってその事故を話題にする。その話題の仕方に対して私は、他人事ではないが、しかし、どこか身近でもない、妙な余所余所しさを感じるのだ。それは、一歩間違えば、自分も死亡した作業員となっていた恐怖が一つにはあり、それを口に出したくないのと、死んだ人間が、肩代わりになっているのではないかという後ろめたさのようなものである。どちら側にも立てない苦しみのような、一方でホッとしているかのような歯切れの悪さがあるのだ。
 大胆にいうと、現在の日本の高齢者には、三つの型がある。一つは定年リタイヤか、もしくは天下りで仕事はしているが「悠々自適の生活」組である。次に、仕事はしなければならず、生活に追われてしかも高齢ゆえの身体的な衰弱と様々な精神的不安の中で、ギリギリ生きている「過酷」組であり、もう一つが、ビル菅のように、金額は安いが高齢でも仕事があり、悠々自適組を見ればきりがない、過酷組を見ては紙一重の恐怖を感じる、風見鶏のように世間を見渡して生き延びているだけの「キョロキョロ」組である。そのキョロキョロが、死亡事故などに対する余所余所しいような態度となって現れる。
 そして、これらの事故報道は一過性で、風物詩で、騒がれることはない。娯楽的なものとして眺めるのが悠々自適組で、我が事として身に摘まされて見るのが過酷組で、ビル管は、文字通りキョロキョロと、なんとも言えない気分を味わうのである。
 『超高層のあけぼの』という映画がある。六八年四月一二日に竣工した日本最初の超高層ビル(一四七メートル)「霞が関ビル」の建設ドキュメンタリードラマである。ビル管法が出来た火付け役でもある。七〇年三月には「世界貿易センタービル」、翌七一年六月には「京王プラザホテル」ができ、七四年三月の「新宿住友ビル」誕生以降は高層化が一気に加速する。映画内で建設中として映されているビルは、既に出来上がった霞が関ビルではもちろんなく、同じ鹿島が建設していた世界貿易センタービルである。
 一九六九年五月公開の映画だが、私の地元でも何度か上映され、私もそのたびに観た。
 私の現場で、目の前にいる官庁のビル管理勤務四〇年以上の六五歳は、やはり中学生のときに観たという。六五歳の責任者の顔は、ボクシング元世界チャンピオンの具志堅用高に似ている。カンムリ鷲だ。髭を生やしていること自体が、官庁という一見堅苦しくて、中は自由という勤務環境を表している。『超高層のあけぼの』は、高度経済成長期のシンボル的映画の一つであった。前年の間組主導で石原裕次郎と三船敏郎が手を組んだ超大作『黒部の太陽』に刺激されて、鹿島建設が総力を挙げて取り組んだ映画である。実は私は、ビル管の本を書くにあたって、約半世紀ぶりに、国会図書館で視聴した。意外にも、初公開時以降の名画座ではほとんど掛からなかった。あまり人気がなかったとも言えるが、時代の進み方が、印象としてシンボル映画を過去の遺物化させたとも言える。
 バブル期の時代錯誤的な番組にNHK「プロジェクトX」がある。この第五二回(二〇〇一年五月)に「霞が関ビル 超高層への果てしなき戦い~地震列島日本の革命技術~」として、ほぼ映画同様の建設をめぐる高度経済成長万歳の番組が放送された。ここが賞味期限と言えるだろう。或る意味で綺麗事の、恥ずかしい、張りぼての、悲劇が隠された、実際には悲しい物語でしかない。
 『超高層のあけぼの』は、記録上の大ヒットはしたが、製作した鹿島建設が前売り券を買い占めて、かろうじて帳尻を合わせたに過ぎない。内容もうまい具合に最悪を回避して死亡事故なども起きない。その後高校二年のときに観たアメリカ映画『超高層プロフェッショナル』では、いきなり死亡事故から始まり、現実はこれだろうと思った。
 映画より一足早く、ビルがオープンした四月一二日から間もなく七月から半年間放送されたのがテレビドラマ「三七階の男」だ。霞が関ビルの最上階に事務所を構える小説家の話だ。せっかくの霞が関ビルブームのさなかであるのだから、このときTBSで放送中の人気ドラマ「東京警備司令ザ・ガードマン」に対抗して、ビル管理のドラマをつくればよかったのだ。「ザ・ガードマン」はその人気と相俟って、ドラマに積極的に関わった日本警備保障(現セコム)が、警備という世間にあまり認知されていなかった業種のイメージアップに貢献した。
 政治と行政の中心地に勤務して、国会議事堂や老朽化した霞が関ビルを眺めている。
 監督、脚本、主演までが降板した、張りぼてで綺麗事のビル建設映画が、その後のビル管理の実態そのものを表しているように思えてならない。(建築物管理)







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